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ウラン化合物における「メタ磁性」の世界最高磁場を記録 -90Tまでの強磁場下で初めて観測した遍歴メタ磁性-

東北大学 金属材料研究所
東京大学

東北大学金属材料研究所の清水悠晴助教(附属量子エネルギー材料科学国際研究センター;以下大洗センター)、青木大教授(アクチナイド物質科学研究部門)、東京大学物性研究所の望月健生博士課程院生(現、住友重工)、金道浩一教授、中村大輔助教を中心とする研究グループにより、以下のことが明らかになりました。

本研究成果は、2019年10月18日にPhysical review Bにオンライン掲載予定です。

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発表のポイント:

  • これまで未解明だったウラン重い電子系超伝導体UNi2Al3の強磁場物性について、78テスラというウラン化合物における最高磁場下で遍歴メタ磁性転移を観測した。
  • 単結晶育成の困難なUNi2Al3およびPd置換系U(Pd1-xNix)2Al3の純良単結晶を得ることに成功。ウラン系化合物において90テスラという未踏領域までの超強磁場磁化測定を実施した。
  • 今回の観測は、強磁場とウラン化合物の物性という異分野の研究領域の融合によって実現した成果であり、今後の新展開が期待される。
図1. (a)重い電子系超伝導体UNi2Al3および置換系U(Pd1-xNix)2Al3の単結晶試料における磁化曲線及び (b) 微分磁化。

図1. (a)重い電子系超伝導体UNi2Al3および置換系U(Pd1-xNix)2Al3の単結晶試料における磁化曲線及び (b) 微分磁化。挿入図は一巻きコイルを用いた微分磁化の実験結果。 (c) U(Pd0.5Ni0.5)2Al3における磁化曲線の温度変化及び得られた詳しい温度磁場相図(赤い領域は磁場によって誘起されたメタ磁性磁化を表す)。
背景

ウラン重い電子系(※1)化合物、銅酸化物、鉄砒素系超伝導などの「強相関物質(※2)」には、これまでにはない新しい枠組みの超伝導発現機構が存在すると考えられており、非従来型超伝導(※3)、すなわち「エキゾチック超伝導」を探索する格好の対象となっています。非従来型超伝導を理解する上で重要なのは、電子対をつくる電子の状態や磁気特性をよく理解することです。金属中の電子の状態を示すフェルミ面(※4)は、個々の金属の伝導特性や磁気特性に強く影響を与えるため『金属の顔』とも呼ばれます。このフェルミ面は磁場によって変化すると考えられていますが、この『金属の顔』が強磁場中でどのように引き延ばされたり、トポロジーが変わったりするのかは、特に強相関電子系については研究が進んでいません。

ある磁場下で、磁化が急激に増加する現象を『メタ磁性』と呼びます。最近、強相関d電子系やf電子系において、過去の研究からは説明がつかない新奇な『メタ磁性』が見つかっており、磁場中でのフェルミ面の劇的な変化(リフシッツ転移(※5))に起因していると考えられています。これらの新奇なメタ磁性は、伝導電子を特徴づけるフェルミ面の磁場中変化によって起こるため、『遍歴メタ磁性(※6)』と呼ばれます。

ウラン化合物が持つ5f電子(※7)は遍歴性(結晶中を動き回る性質)と局在性(結晶中にとどまる性質)という2つの性質を持ちます。さらに、強いスピン軌道相互作用によって大きな磁気異方性(※8)を持つため、『ウラン系化合物がどのような強磁場物性を示し、その5f電子系のメタ磁性がどのようなメカニズムで起こるのか』という問いは、強相関電子系研究分野における重要な課題のひとつとなっています。一方で、ウラン系化合物は純良単結晶を得ることが難しく、さらに物性を特徴づける特性温度・磁場も希土類系に比べて大きなエネルギースケールを持つため、5f電子の磁気特性の全貌を捉えるには50~100テスラ(T)級の強磁場が必要となります。

そこで本研究では、重い電子系反強磁性超伝導体UNi2Al3とその置換系U(Pd1-xNix)2Al3に対して、90 Tという未踏領域の超強磁場下において精密磁化測定を行い、5f電子をもつウラン化合物の強磁場物性を明らかにすることを目的としました。

研究成果

本研究では、大洗センターで育成されたウラン系超伝導体UNi2Al3とその置換系の純良単結晶が用いられました。物性の理解には、対象となる物質の良質な結晶が必要不可欠ですが、ウラン化合物の純良単結晶育成は非常に難しく、先行研究もわずかしかありませんでした。そのため、ウラン系超伝導体に関する理解は進んでおらず、特に90 Tまでの強磁場物性は未解明でした。本研究では、UNi2Al3および置換系U(Pd1-xNix)2Al3の純良単結晶を得ることに成功し、それらの単結晶に対して磁化率測定、強磁場磁化測定を行いました。測定は、低温1.4 ケルビン(K)から60 Kまでの温度領域で行われました。強磁場磁化測定は東大物性研究所の非破壊パルスマグネットによって75 Tまで、破壊型マグネット(一巻きコイル法)(※9)によって90 Tまで行われました。

以上の強磁場磁化測定から、ウラン化合物では最も高い磁場下78 Tにおける遍歴メタ磁性転移をUNi2Al3において世界で初めて観測しました。さらに、置換系U(Pd1-xNix)2Al3(x = 0.5, 0.75)において、50 Tまでの磁化測定をさまざまな温度領域において詳しく行い、温度‐磁場相図の詳細を調べました。これらの実験結果により、磁化率極大異常温度(Tχmax)(※10)より低温で発達する反強磁性揺らぎと、さらに低温で起こる反強磁性状態が、強磁場で新たに発現する強磁性的な相互作用が競合することにより、反強磁性的なスピンの回転では説明できない『遍歴メタ磁性』がUNi2Al3で起こっていることがわかりました。さらに、メタ磁性転移のPd置換量によるメタ磁性転移磁場及び磁化率極大温度の変化が調べられ、重い電子系反強磁性超伝導UNi2Al3及びUPd2Al3の遍歴メタ磁性に関する系統的な理解が得られました。

図2. (a)U(Pd1-xNix)2Al3における磁化率の温度依存性

図2. (a)U(Pd1-xNix)2Al3における磁化率の温度依存性。矢印は磁化率極大異常温度(Tχmax)を表す。挿入図は、規格化された磁化率におけるスケーリングを表す。(b) U(Pd1-xNix)2Al3における反強磁性転移温度、メタ磁性転移磁場のNi置換量依存性。(c)メタ磁性転移点と磁化率極大異常における比例関係。

fig3

図3. U(Pd1-xNix)2Al3 の (a) x = 0.5 と(b) x = 0.75 における、いろいろな温度での磁化曲線。磁場は磁化容易軸に印加している。低温で起こるメタ磁性が温度を上げると消失していく。
将来の展望及び意義

これらの研究成果は、1980年代に始まったアクチノイド(ウラン化合物)の超伝導と磁性の研究において、90 Tという過去最高強磁場下で高精度磁化測定を行ったことで得られました。通常の実験施設では超伝導コイルを用いた15 Tまでの低温実験が広く行われており、またパルス強磁場磁化測定も60 Tまでの測定が一般的です。本研究は、
1) 純良単結晶育成の困難なウラン系超伝導体に対して最高磁場で遍歴メタ磁性転移を観測したこと
2) 通常の実験設備では不可能な100 T級の極限環境下でウラン系に対して高精度実験を行ったこと
に大きな意義があります。

また、学術的には、本研究では5f電子系の最高磁場下でのメタ磁性の観測に成功しただけでなく、5f電子の強磁場遍歴メタ磁性に関する系統的理解が得られたことを示し、固体物理学の磁性研究分野においても重要な進展です。最近、重い電子系化合物UTe2において遍歴メタ磁性と関連する新奇リエントラントスピン三重項超伝導(※11)Tsc = 1.6 Kにもかかわらず35 Tという非常に高い上部臨界磁場(※12)もち、強磁場で安定化する超伝導)の観測も報告されており、遍歴メタ磁性(リフシッツ転移や強磁場でのフェルミ面の不安定性)とウラン化合物における非従来型超伝導の発現にどのような関わりがあるのかを理解する上で重要な基礎となります。

共同研究機関及び助成

本研究は、東北大学金属材料研究所及び、東京大学物性研究所の共同研究として行われました。科研費 (Grant No. 17K14328, 15H05884, 15H05882, 16H04006, 15H05745)の研究助成を受けて行われました。

発表論文

  • Journal:Physical Review B 100, 165137 (2019)
  • Title:Observation of a metamagnetic transition in the 5f heavy-fermion compound UNi2Al3: Magnetization studies up to 90 T for single-crystalline U(Pd1-xNix)2Al3
  • Authors:Kenji Mochidzuki, Yusei Shimizu, Akihiro Kondo, Akira Matsuo, Dexin Li, Dai Aoki, Yoshiya Homma, Fuminori Honda, Jacques Flouquet, Daisuke Nakamura, Shojiro Takeyama, and Koichi Kindo.
  • DOI: 10.1103/PhysRevB.100.165137

用語解説

※1:重い電子系:

希土類元素やウランなどのアクチナイド元素を含む金属化合物中に存在する電子は、局在的なf電子が低温で量子効果によって固体結晶中を動き回ります。f電子間には非常に強い斥力がはたらくため、結晶中では通常の金属よりも100倍から1000倍も遅い速度で(言い換えると、100倍から1000倍も大きな有効質量を持ちながら)ゆっくり動き回っています。
※2 強相関物質:

重い電子系超伝導体や銅酸化物高温超伝導体を始めとする金属化合物では、結晶中を動き回る電子はクーロン斥力などの強い斥力を受けています。このような電子間に強い相関がはたらく物質群は強相関電子系と呼ばれ、その量子状態を明らかにするために近年盛んに研究が行われています。
※3 非従来型超伝導体:

従来型の超伝導体のことを1957年に提唱されたBardeen-Cooper-Schriefferの理論にちなんでBCS超伝導と呼びますが、この理論では説明できない異常な超伝導をエキゾチック超伝導と呼び、その超伝導特性を理解するための研究が精力的に行われています。
※4フェルミ面:

フェルミ粒子である電子は波数空間においてフェルミ準位EF(フェルミエネルギー)までの量子状態を占有し、その境界をあらわす面は『フェルミ面』とよばれます。フェルミ面の存在は、その物質が絶縁体などではなく、金属であることを意味し、個々の金属の伝導特性や磁気特性に強く影響を与えます。そのため、『金属の顔』とも呼ばれます。
※5 リフシッツ転移:

磁場中でフェルミ面のトポロジーが変わる現象を『リフシッツ転移』とよび、このリフシッツ転移が遍歴メタ磁性の起源として関わっていると考えられています。リフシッツ転移は有限温度では明確な相転移ではなく、対称性の破れを伴わない『クロスオーバー』となって現れます。強相関d電子系やf電子系における遍歴メタ磁性(リフシッツ転移)近傍での量子臨界現象の探索は、固体物理学の最前線分野の一つであり、近年精力的な実験・理論研究が行われています。
※6 遍歴メタ磁性:

反強磁性体や常磁性体などに磁場を印加すると、ある磁場で磁化が急激に増大する現象を『メタ磁性』とよびます。これまでメタ磁性は、局在的な反強磁性体に関して多くの研究が為されてきました。メタ磁性の典型例は反強磁性体においてそろったスピンに磁場を印加していくと、臨界磁場を迎えたときにスピンが回転(フリップ)し、不連続な磁化のジャンプが現れます。一方で、局在的な磁気モーメントの回転では説明のつかないメタ磁性が見られる物質があり、それらはフェルミ面近傍の状態密度の形状(エネルギー依存性)とその磁場変化に起源をもつと考えられています。フェルミ面は結晶中を動き回る(遍歴する)電子の性質を反映しているので、そのようにフェルミ面の磁場中形状変化に起因するメタ磁性のことを『遍歴メタ磁性』とよびます。
※7 5f電子:

ウラン(U)元素やネプツニウム(Np)元素には原子核の5f軌道に電子が占有されており、5f電子と呼びます。特に、結晶中の5f電子は局在性(原子にとどまっている性質)・遍歴性(結晶中内を動き回る性質)の二重の性格を持つため、固体の物性に非常に大きな影響を及ぼし、エキゾチック超伝導を始めとする非常に多彩な量子力学的効果が現れます。
※8 磁気異方性:

磁性(磁気モーメント)を持つ結晶では、磁場を結晶方位のどの向きに印加するかによって磁性の強さや磁場依存性などの振る舞いが異なることがあります。これは結晶中の内部エネルギーが磁気モーメントの方向によるためです。アクチノイドや希土類元素を含むf電子系化合物における磁気異方性の起源としては、主に強い『スピン・軌道相互作用』の存在(電子のスピンと電子自身が持つ軌道モーメントが相互作用をすること)が理由となっていますが、局在性と遍歴性という量子力学的な意味での二重性をもつ5f電子を持つウラン系化合物では、その磁場効果や磁気異方性の系統的な理解はまだ明確には確立されていません。
※9 一巻きコイル法:

銅製の一巻きのコイルに大電流を瞬時に流し、超強磁場を発生させ、100テスラ以上の超強磁場を発生させます。強磁場の発生後にコイルは爆発的に破壊しますが、外向きに破壊するため、試料は破損せずに残ります。本研究で使用したウラン試料も一巻き型コイル磁化測定において破損せずに実験を実施しました。
※10 磁化率極大異常温度:

UNi2Al3および置換系U(Pd1-xNix)2Al3の磁化率の温度依存性には常磁性状態において磁化率が極大になる現象が見られ、物質系に関わらず、メタ磁性を示す物質によく見られる物理現象です。その磁化率極大現象が見られる温度より低温で反強磁性揺らぎが発達し、反強磁性的相関のエネルギースケール(特性温度)を反映していると考えられます。
※11 スピン三重項超伝導:

超伝導は二つの電子が対をなすことによって起こります。電子はスピンをもちますが、従来型の超伝導体では二つの電子が反平行の場合スピン一重項超伝導(従来型超伝導はスピン一重項)、平行の場合にはスピン三重項超伝導対と呼ばれます。
※12 上部臨界磁場:

超伝導は磁場で壊れる性質を持ちますが、超伝導状態が完全に消える磁場のことを上部臨界磁場と呼びます。重い電子系には上部臨界磁場が従来型の超伝導に比べて高いものが多く存在し、とくにスピン三重項超伝導は磁場によって壊れにくく、従来型の超伝導体に比べて大きな上部臨界磁場を持ちます。
(公開日: 2019年10月18日)