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室温で2倍以上に!圧力による電子バレーの制御により熱電性能の向上に成功 ―セレン化スズ系熱電材料の高性能化に期待―

大阪大学
東京大学
科学技術振興機構

発表のポイント:

  • 熱電変換技術は、廃熱を直接電気に変換するクリーンな発電法として、幅広い応用が期待されている。
  • 熱電材料セレン化スズに外部圧力を加えることで、室温での熱電性能を二倍以上に増大させることに成功した
  • この性能向上が電子のバレー状態のトポロジー変化(注1)に起因することを、実験面と理論面から初めて解明した
  • 今回明らかにしたセレン化スズ系熱電材料全般の設計指針により、さらなる熱電変換技術の革新や新しいエレクトロニクスの確立が期待できる。

概要

大阪大学大学院理学研究科の酒井英明准教授(JSTさきがけ研究者兼任、研究当時東京大学物性研究所客員准教授兼任)、元同理学研究科大学院生の西村拓也、大学院生の森仁志(博士課程後期)、黒木和彦教授、花咲徳亮教授らの研究グループは、東京大学物性研究所の徳永将史准教授と上床美也教授らの研究グループとの共同研究において、近年、優れた熱電材料として注目を集めているセレン化スズ(図1左)に外部圧力を加えることで、室温を含む幅広い温度範囲で熱電性能(電力因子(注2))が二倍以上に増大することを発見しました。さらに、この性能向上が、1960年代に物理学者リフシッツが提唱した電子のバレー状態のトポロジー変化(リフシッツ転移)に由来していることを世界で初めて明らかにしました(図1右)。

図1 (左)熱電材料セレン化スズの結晶構造の模式図 (右)熱電性能(電力因子)の外部圧力依存性。図の上部には運動量空間における電子バレーの模式図を示す
図1(左)熱電材料セレン化スズの結晶構造の模式図
(右)熱電性能(電力因子)の外部圧力依存性。図の上部には運動量空間における電子バレーの模式図を示す

物質中の電子は、ある特定の運動量を持つ状態のエネルギーが低くなり、電子バレー(谷)を形成しています。これまでバレー状態は、電気伝導だけでなく熱電性能を決定する重要な因子の一つと予想されていましたが、バレー状態の実験的な観測手法は限られており、その制御を同時に行うことは困難であったため、具体的な影響については解明されていませんでした。

今回、酒井准教授らの研究グループは、高性能熱電材料セレン化スズに外部圧力を印加した状態で熱電効果(注3)と同時に磁気抵抗効果(注4)を高精度で測定する手法を開発しました。この結果、電子バレーが圧力により新たに形成されることで、熱電性能が向上することを実験的に解明することに成功しました。また理論計算との比較により、セレン化スズ系熱電材料全般に適用できる設計指針が明らかとなり、熱電材料の更なる性能向上が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」のオンライン版に、6月7日(金)(米国時間)に公開されます。

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研究の背景

熱電変換技術は、現在捨てられている熱エネルギーを、新たに燃料を燃やすことなく温度差として取り出すことにより、直接電圧(熱起電力)に変換する発電技術です。このため、クリーンで環境にやさしい発電技術として幅広い応用が期待されています。これまで、優れた熱電性能を達成するためには、物質中の電子状態、特に特定の運動量をもつ電子が安定化することで形成されるバレー状態を最適化することが、最も有効であると提唱されてきました。実際、摂氏650度 (923ケルビン) 付近で世界最高の熱電性能が近年報告されたセレン化スズ(図1左)でも、高温領域で熱電変換に寄与する電子バレーの個数が増加することが理論的に予想されていました。しかし、電子バレーの状態を観測する手段は限られており、その変化が実際に熱電性能におよぼす影響については、これまで実証されたことはありませんでした。

研究の内容

図2 圧力下での熱起電力と抵抗率の同時測定方法(サンプルと配線の様子。これを圧力印加専用のセルに挿入し測定を行う)。
図2 圧力下での熱起電力と抵抗率の同時測定方法(サンプルと配線の様子。これを圧力印加専用のセルに挿入し測定を行う)。

酒井准教授らの研究グループでは、セレン化スズに外部から圧力を印加することで、室温を含む幅広い温度領域で、熱電性能(電力因子)が二倍以上増加することを発見しました(図1右)。さらに、磁場中の電気抵抗変化(磁気抵抗効果)を高精度で同時に測定することにより(図2)、電子バレーのサイズを反映した抵抗の振動(量子振動現象(注5))を検出し、異なる運動量を有するバレーが圧力印加により新たに形成されることを(図1右上の概念図)、直接観測することに成功しました。これにより、複数のバレーが存在するマルチバレー状態が、高い電気伝導と熱起電力を両立させ、電力因子の向上につながったことを明らかにしました。

またバレー状態の変化は、1960年代に物理学者リフシッツが理論的に提唱したトポロジカル転移(リフシッツ転移)であり、通常の相転移に分類されないため、基礎物理の観点から長年注目を集めています。今回の研究は、リフシッツ転移と熱電性能の密接な関連を実証しており、基礎と応用を結ぶ成果といえます。

さらに、理論計算によりバレー状態の圧力変化を再現することにも成功し、熱電性能に有利なマルチバレー状態を実現できる結晶構造の特徴を明らかにしました。この結果は、セレン化スズ系熱電材料全般に適用できると予想され、今後の熱電材料探索に向けた新しい指針となります。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、セレン化スズ系材料における電子バレーの重要性とその制御法が明らかとなりました。今後、得られた設計指針に基づき、より優れた熱電材料の新規開拓や熱電発電の技術革新が期待されます。さらにセレン化スズは、剥離しやすい層状構造を持つため、原子層デバイス(注6)応用でも注目されています。近年、原子層デバイスでは電子の電荷やスピン(注7)に加え、バレーを利用した新しいエレクトロニクスの確立が期待されており、本研究成果によりセレン化スズが、原子層新材料として応用展開されることも期待されます。

特記事項

本研究成果は、2019年6月7日(金)(米国時間)に米国科学誌「Physical Review Letters」(オンライン)に掲載されます。

  • タイトル:“Large enhancement of thermoelectric efficiency due to pressure-induced Lifshitz transition in SnSe”
  • 著者名: T. Nishimura, H. Sakai∗, H. Mori, K. Akiba, H. Usui, M. Ochi, K. Kuroki, A. Miyake, M. Tokunaga, Y. Uwatoko, K. Katayama, H. Murakawa, and N. Hanasaki
    ∗: 責任著者

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR16R2)およびCREST(JPMJCR16Q6)の一環として行われました。また、本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP16H06015, JP17K14108, JP16K13838)と旭硝子財団の助成を受けて行われました。

用語説明

注1:トポロジー変化
ある形を連続的に変形させても変わらない数学的な性質のことをトポロジーといい、例えば、コーヒーカップとドーナッツはどちらも穴が一つ開いているため同じトポロジーを持つといえます。今回の研究では、電子バレーが運動量空間の異なる場所に新たに形成され、元のバレー状態から連続変形できないため、圧力によりトポロジー変化が生じているとみなせます。
注2:電力因子
熱電性能をあらわす指標の一つ。巨大な熱源があり常に一定の温度差が形成される場合に取り出せる電力量に対応します。
注3:熱電効果
物質に温度差を印加した際に、その大きさに比例した電圧(熱起電力)が発生する現象です。ゼーベック効果とも呼びます。
注4:磁気抵抗効果
物質に磁場を印加した際に、電気抵抗が変化する現象です。
注5:量子振動現象
磁場を印加すると、バレーの中の電子が回転運動を行うことにより量子化され、様々な物理量に磁場の逆数が一定周期となる振動現象が現れます。この量子振動の周期がバレーの運動量空間でのサイズに対応するため、振動特性を解析することでバレー構造の詳細を解明できます。
注6:原子層デバイス
層状物質を構成している一枚または複数枚の原子層を利用したデバイスのこと。炭素の単原子層(グラフェン)や遷移金属ダイカルコゲナイドの単原子層が近年盛んに研究されています。
注7:スピン
電子はマイナスの電荷に加え、磁石のもとになる磁気モーメントを持ちます。この磁気モーメントは、電子の自転運動に由来するとみなせるため、スピンと呼ばれます。
(公開日: 2019年06月07日)