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歪みのないカゴメ三角格子の磁気状態

東京大学物性研究所の萩原雅人博士研究員(現KEK特別助教)と益田隆嗣准教授らの研究グループは、鹿児島大学の真中浩貴助教らのグループと共同で、歪みのないカゴメ三角格子物質の磁気状態を観測することに成功しました。

三角形をモチーフとするスピン・フラストレーション格子(注1)では、数多くの安定状態が存在し、どのような状態が実現するかは自明でないため、大変興味を持たれています。このような研究では、格子歪みはフラストレーションを解消させ、分かりやすい形の状態が実現するため、歪みのない物質で研究を行うことが重要です。CsCrF4は、ヤーンテラー不活性なCr3+イオンが正三角形チューブを形成する物質(図1(a))として見いだされ、熱力学量の測定からはスピン秩序は存在せず、朝永・ラッティンジャー液体の可能性が指摘されていました。

図1:CsCrF4の結晶構造

図1:CsCrF4の結晶構造。(a)Cr3+イオンが結晶学的なc軸方向に正三角チューブを形成している様子。(b)三角チューブ同士が弱く相互作用(J2)している様子。

今回、研究グループでは中性子回折(注2)を用いてミクロな磁気状態を観測することを試みました。その結果、予想に反して中性子回折プロファイルに磁気ブラッグピークが観測され、スピン秩序が存在することが明らかになりました。このことは、正三角形スピンチューブ間の弱い相互作用が安定状態の決定に重要な役割を果たすこと(図1(b))を意味します。結晶構造を見直すと、CsCrF4はカゴメ格子に三角形状の次近接相互作用を入れた“カゴメ三角格子(図2、注3)”のモデル物質であることが分かります。実験で得られた中性子回折プロファイルを解析すると、三角形の頂点上のスピンのなす角度が120度となる構造(図3(a))であることが明らかとなりました。カゴメ三角格子の安定状態の計算を行ったところ、チューブ間相互作用のほかに、ジャロシンスキー・守谷相互作用と単イオン異方性を考慮することにより、実験で観測されたスピン構造が再現されました。これらにより、歪みのないカゴメ三角格子物質の磁気状態を初めて実験的に明らかにしました。

図2

図2:カゴメ三角格子。図1(b)のJ1ボンドを大きくし、J2ボンドを小さくするとカゴメ三角格子になることがわかる。

さらに詳細な中性子回折実験を行ったところ、2.8 Kと3.5 Kの間の狭い温度領域でスピンの大きさが変調するような新しい120度構造(図3(b))が存在することが明らかになりました。このことは、CsCrF4では複数の安定相が拮抗しており、微妙なエネルギー差により最安定相が選ばれていることを意味します。計算によると、立体的なスピン構造であるキューボック構造などが隣接する安定相として存在しており、圧力などによるパラメータ制御により多彩な相が出現することが期待されます。今後は、NMR、ESR、中性子非弾性散乱など様々な手法による有効スピンモデルの構築や、圧力・磁場等の外場による新しい状態の発見が期待されます。

図3:CsCrF4のスピン構造

図3:CsCrF4のスピン構造。(a)2.8 K以下で出現する最安定構造。(b)2.8 Kと3.5 Kの間で出現するスピン構造。スピンの長さが変調している。

本研究成果は、2019年4月23日に学術誌「npj Quantum Materials」にオンライン掲載されました。

論文情報

用語解説

注1:スピン・フラストレーション格子
最安定な状態が複数存在するような格子のこと。たとえば三角形の頂点状に、反平行にスピンを並べようとすると、その並べ方は一通りには定まらない。このため三角形はフラストレーション系の最も基本的なモチーフといわれている。
注2:中性子回折
中性子を用いた回折実験のこと。中性子が有するスピンと物質中の電子スピンの相互作用による磁気散乱を利用することで、スピン構造を決定することができる。国内の中性子源の一つである研究用原子炉JRR-3は、2021年2月末に稼働予定となっており、中性子研究の活発化が期待されている。
注3:カゴメ三角格子
日本では格子点が籠目を形成する“カゴメ格子”が古来より研究されてきたが、最近、スピン・フラストレーション系NaBa2Mn3F11において、三角形状の次近接相互作用を取り入れた“カゴメ三角格子”の存在が物性研究所の廣井グループにより提案された。

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(公開日: 2019年04月24日)