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量子効果で10倍以上の磁気熱電効果を室温で実現 ~新しい熱電変換、環境発電への応用へ期待~

東京大学
理化学研究所
科学技術振興機構

発表のポイント

  • これまで知られていた最高値の10倍以上大きな磁気熱電効果(異常ネルンスト効果)を室温で示す材料を世界で初めて発見しました。
  • この巨大異常ネルンスト効果の背景には電子構造のトポロジーが関係しており、全く新しい量子効果に基づいています。
  • 本材料を用いた新しい発電方式では、低コスト、フィルム化が容易などのメリットがあり、環境発電や熱流センサーなど熱を利用した応用が期待されています。

発表概要

東京大学物性研究所の酒井明人助教、中辻知教授らの研究グループは理化学研究所創発物性科学研究センター、米国メリーランド大学の研究グループと協力して、室温で巨大な磁気熱電効果(異常ネルンスト効果(注1))を示す磁性金属Co2MnGaの開発に成功しました。異常ネルンスト効果は、熱を電気に変換することができますが、取り出せる電圧が非常に小さいことから熱電応用は難しいと考えられていました。今回、本研究グループが開発したCo2MnGaは、室温でこれまでの最高値の10倍以上大きな異常ネルンスト効果を示し、熱電応用への可能性を示しました。具体的には10 ccの体積で約100 μW以上の発電が可能で、この値は腕時計や熱流センサーなどへ利用するのに十分な値です。

また、様々な実験結果の解析、第一原理計算やモデル計算(注2)との比較により、この増大が電子構造のトポロジー(注3)と量子相転移という量子効果に由来していることを明らかにしました。本研究成果により、異常ネルンスト効果という新しい仕組みを利用した熱電変換素子の開発が飛躍的に進展することが期待されます。

本成果はNature Physicsオンライン版7月30日に掲載されました。

全文PDF

図1.従来の熱電変換技術(ゼーベック効果)と磁性体を用いた新技術(異常ネルンスト効果)の違い (a)ゼーベック効果は温度差の方向と同方向に発電するが、(b)ネルンスト効果は温度差の方向と垂直方向に発電する。そのため、(c)ゼーベック効果を使ったデバイスは立体的で複雑になるのに対し、(d)ネルンスト効果を用いたデバイスは薄膜化、大面積化が容易であり、熱源に沿った発電が容易である。
図1.従来の熱電変換技術(ゼーベック効果)と磁性体を用いた新技術(異常ネルンスト効果)の違い

(a)ゼーベック効果は温度差の方向と同方向に発電するが、(b)ネルンスト効果は温度差の方向と垂直方向に発電する。そのため、(c)ゼーベック効果を使ったデバイスは立体的で複雑になるのに対し、(d)ネルンスト効果を用いたデバイスは薄膜化、大面積化が容易であり、熱源に沿った発電が容易である。


発表内容

(1)研究の背景

工場や自動車から出る熱を始め、空調や給湯など家庭から出る熱、太陽や地熱など自然界の熱に至るまで、私たちの周りには様々な熱が利用されずに存在しています。これらの熱を電気に変換して利用することは省エネ社会の実現のため、あるいはIoT社会の自立電源確保のため非常に重要であり、世界中で研究が行われています。その中でも熱電変換素子(注4)を用いた熱発電と呼ばれる方法は、タービンなど大型の装置を用いる方法に比べ小型で静音、メンテナンスフリーなどの利点を持ち、様々な潜在的用途が考えられています。しかし、既存の非磁性半導体を用いる熱電変換素子(注4)は発電方向が温度差の方向と同じであるため(ゼーベック効果)、立体的で複雑な構造になり(図1a, c)、大型化や高集積化に伴う製造コストに問題を抱えています。一方、磁性体の異常ネルンスト効果は温度差の方向に垂直に発電するため、立体構造は不要で、テープ化などにより熱源に沿った大面積の発電が容易です(図1 b, d)。しかしこれまで知られている異常ネルンスト効果は非常に小さく、熱電応用からは非常に遠いと考えられてきました。

(2)研究内容と成果

本研究では強磁性金属間化合物Co2MnGa(図2a)が、過去に知られている最高値より10倍以上大きな異常ネルンスト効果を室温で示すことを明らかにしました(図2b)。この値は室温以上の高温ではさらに上昇します(図2c)。広い温度範囲をカバーするため、様々な温度の熱源で発電が可能です。また製造コストが安く、無毒な材料でできており、耐久性、耐熱性にも優れているため様々な場所で利用可能です。

図2.Co2MnGaの巨大異常ネルンスト効果 Co2MnGaの(a)結晶構造、(b)異常ネルンスト係数の磁場依存性、(c)異常ネルンスト係数の温度依存性
図2.Co2MnGaの巨大異常ネルンスト効果
Co2MnGaの(a)結晶構造、(b)異常ネルンスト係数の磁場依存性、(c)異常ネルンスト係数の温度依存性

本研究で発見された巨大な異常ネルンスト効果はワイル点(注3)と呼ばれる電子構造のトポロジーと密接に関係しています。第一原理計算によって図3aのようなワイル点がフェルミ面(注5)近くにあることがわかりました。実験的にも、ワイル点が存在する有力な証拠となるカイラル異常(注6)と呼ばれる現象が観測されました。このようなワイル点が存在すると一般に異常ホール効果(注7)や異常ネルンスト効果が大きくなることが知られていますが、今回の結果はそれだけでは説明できないほど大きな増大でした。実験や第一原理計算で得られた異常ネルンスト効果の主成分(=異常ホール効果の寄与を差し引いたもの、熱電テンソルの横成分)の温度依存性は温度を下げると対数的に増大しています。ワイル点を仮定したモデル計算を行うことによって、この増大がワイル点の性質が変化することに対応した量子臨界現象(注8)であることを明らかにしました。この発見はさらなる高出力材料の指針となるとともに、学術的にも大変興味深い成果です。

図3.Co2MnGaのワイル点と量子臨界現象 (a)Co2MnGaのワイル点。(b)熱電テンソルの横成分は、実験・第一原理計算ともに温度を下げると対数関数的に増大する。この振る舞いはモデル計算によって得られたスケーリング関数で良く再現される。
図3.Co2MnGaのワイル点と量子臨界現象
(a)Co2MnGaのワイル点。(b)熱電テンソルの横成分は、実験・第一原理計算ともに温度を下げると対数関数的に増大する。この振る舞いはモデル計算によって得られたスケーリング関数で良く再現される。
(3)今後の展望

未利用熱を電気に変換しようという試みは長い間世界中で行われていましたが、熱電変換材料の毒性やコストの高さなど様々な問題点のため広く普及するには至っていません。本研究は異常ネルンスト効果という全く新しい原理に基づく熱電変換を可能とするもので、無毒・廉価・耐久性など既存技術にはなかった特性を持っています。この未開拓の新技術が今後さらなる研究により発展し、高出力化・薄膜化などにより実用につながることが期待されます。その際材料探索の指針には、本研究で明らかになった異常ネルンスト効果増大機構が大変有用になります。

実際に実用化・商品化に至った暁には、ボイラーやエンジンの排熱からの発電はもちろん、給湯器や体温などの微量な排熱を無線やセンサーの電源として利用できると考えられます。IoT社会の到来に先立ち、巨大なエネルギーハーヴェスティング市場を席捲するためにも、世界を大きくリードした研究を継続していく必要があります。

なお、本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST) 「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」研究領域 (研究総括:谷口研二、研究副総括:秋永広幸) における研究課題「トポロジカルな電子構造を利用した革新的エネルギーハーヴェスティングの基盤技術創製」課題番号 JPMJCR15Q5 (研究代表者:中辻知) 並びに文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域 (研究領域提案型)「J- Physics:多極子伝導系の物理」課題番号 15H05882 (研究代表:播磨尚朝) における研究計画班「A01: 局在多極子と伝導電子の相関効果」課題番号 15H05883 (研究代表者:中辻知) の一環として行われました。

発表雑誌


用語解説

(注1)異常ネルンスト効果
電流の運び役となる電子(キャリア)は熱流に沿って移動するため、熱流方向に起電力が生じます(ゼーベック効果)。一方磁性体では磁化の存在のためキャリアの移動が曲げられ、磁化と熱流に垂直方向にも起電力を示します(異常ネルンスト効果)。
(注2)第一原理計算、モデル計算
第一原理計算は実験で得られた値を用いず、結晶構造のみから量子力学に基づいて、物質の電子状態や物性を計算する手法です。物質の本質的な振る舞いを予言、解明するのに非常に有効ですが、得られた結果の解釈が難しい場合があります。一方モデル計算は、重要な要素のみを抽出したミクロなモデルを仮定してその振る舞いを計算する手法です。実験パラメータが必要ですが、物理現象の理解を深めるために非常に有効です
(注3)電子構造のトポロジー、ワイル点
波数空間で線形のバンド交差(ディラックコーン)を持つものはトポロジカルな性質(量子ホール効果などの整数(トポロジカル数)が表れる現象)を示すため近年注目されています。代表的なものがグラフェンです。グラフェンのディラックコーンは電子のスピンの自由度(上向き、下向き)を残している(=スピン縮退がある)ことが特徴です。一方、磁性体中のディラックコーンはスピンの自由度が上/下一方のみを持ち(=スピン縮退がない)、その交差点はワイル点と呼ばれています(図3a)。これはこのバンドの準粒子が素粒子論で提案されているワイル方程式に従って記述される質量ゼロの粒子(ワイル粒子)と見なせるためです。ワイル点は必ず湧き出し(トポロジカル数+1)と吸い込み(-1)のペアになって現れ、両者の間には異常ホール効果や異常ネルンスト効果の元となる仮想磁場(ベリー曲率)が発生します。
(注4)(非磁性半導体を用いる)熱電変換素子
現在市販されている熱電変換素子の代表例はペルチエ素子と呼ばれるものです(図1c)。電流を流すことで片面を冷却することが可能なので、CPUやワインの冷却に使用されています。その反対に、一方の面を温めてその反対の面を冷却することにより電圧を取り出すことも可能ですが、現状発電用途の利用はほぼありません。その原因はコスト、発電量、形状など様々です。ペルチエ素子の材料には半導体が使われています。p型半導体(キャリアがホール)の柱とn型半導体(キャリアは電子)の柱を交互に繋げることで出力を増やしています。
(注5)フェルミ面
金属中の電子の中で一番高いエネルギー(フェルミ準位)の波数空間での等エネルギー面のことです。フェルミ面近傍の電子は電圧を加えたときの電流の運び役(キャリア)になるなど、金属の性質を知る上で重要な役割を担っています。
(注6)カイラル異常
ワイル点が存在する物質で生じる、磁場と同じ方向に電流が流れる量子力学的な現象です。磁場の印加により異なる2つのワイル点間にエネルギー差が生じることでその大きさに依存した電流が流れます。これにより電場と磁場が平行の時に負の磁気抵抗(磁場をかけると抵抗が小さくなっていく現象)が生じます。
(注7)異常ホール効果
磁性体に電流を流すと、電子は電流と磁化の両方に垂直な方向にローレンツ力を受けて曲げられます。その結果、電流と磁化の垂直方向に電位差ができます。この現象を異常ホール効果といいます。
(注8)量子臨界現象
水が氷になるなどの通常の相転移は熱揺らぎに由来し、温度を変化させることによって生じます。一方、熱揺らぎが全くない絶対零度でも、磁場や圧力を変化させ量子状態を変化させることで起きる相転移もあり、それらを量子相転移と呼びます。量子相転移が起きる点(量子臨界点)に近いと、有限温度であっても様々な物理量が発散的な振る舞いになり、量子臨界現象と呼ばれています。
(公開日: 2018年07月31日)