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Seminar
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固体結晶からの高次高調波発生の偏光分解測定~ 高調波の偏光に電子状態の異方性が映し出されることを実証 ~

発表のポイント

  • 高強度中赤外レーザーをセレン化ガリウム結晶に照射し、発生した高次高調波(注1)の2次元偏光状態を観測しました。
  • 高次高調波の偏光状態に現れる結晶の対称性からは直感的には理解できない振る舞いが、バンド分散の曲率の異方性によって理解できる事を見出しました。
  • 極限状態下や過渡的な状態等の従来法の適用が困難な状況における、全光学的な電子状態(バンド構造)の計測法の創出に向けた大きな一歩として期待されます。

発表概要

東京大学物性研究所(以下、物性研) 金島圭佑 大学院生(実験当時)、石井順久 助教、板谷治郎 准教授並びに東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻の石川顕一 教授および東京大学生産研究所 芦原聡 准教授の研究グループは、セレン化ガリウム結晶から発生した光の高次高調波を詳しく解析することにより、高調波の偏光状態がバンド分散の曲率の異方性によって決まることを見出しました。これは、全光学的な電子状態(バンド構造)計測法の創出へ向けて、大きな一歩となる成果です。

本研究成果は、米国科学雑誌 Physical Review Letters(2018年6月12日オンライン公開)に掲載されました。

全文PDF

図1.偏光分解した高次高調波スペクトルの結晶方位依存性 偶数次高調波の平行・直交成分はいずれも60度の周期を呈し、奇数次高調波の場合は平行成分が60度、直交成分が30度の周期を示している。
図1.偏光分解した高次高調波スペクトルの結晶方位依存性

偶数次高調波の平行・直交成分はいずれも60度の周期を呈し、奇数次高調波の場合は平行成分が60度、直交成分が30度の周期を示している。


背景

近年の極短パルスレーザーの発達により、10 MV/cmを越える高強度電場を試料に加えることが可能となりました。その結果、高次高調波と呼ばれる、入射光の整数倍の周波数を有するコヒーレント光の放射が観測されています。高次高調波は、光電場と物質との相互作用の結果として発生するため、物質のミクロな性質を強く反映します。そこで、高次高調波を詳しく調べることにより、電子バンド構造を決定できる可能性が示されてきました。

しかし、これまでの研究では物質と光電場共に1次元的に取り扱っており、3次元の自由度を有する試料と2次元の偏光状態を有する光電場の相互作用を記述するには不十分でした。

研究内容

物性研の板谷研究室で開発した波長が5ミクロンの高強度中赤外レーザーを、セレン化ガリウム結晶に集光することにより、10 MV/cm程度の電場を加えることが可能になりました。この高強度電場下ではごくわずかな電子が価電子帯から伝導帯に直接遷移し、伝導帯の電子と価電子帯のホールが電場によりガンマ点からブリルアンゾーンの1/3程度の領域に駆動されます。発生した高調波の偏光を、入射電場の平行な成分と直交する成分に分け(偏光分解)、結晶を5度ずつ回転させることで、結晶の方位依存性を測定しました(図1)。

その結果、偶数次高調波の平行・直交成分はいずれも60度の周期を呈し、奇数次高調波の場合は平行成分が60度、直交成分が30度の周期を呈することを見出しました(図1)。偶数次高調波は結晶(図2(a)参照)の反転対称性を考えることにより、60度周期になることが理解できます。一方、奇数次(特に3次高調波)の直交偏光成分は、古典的な非線形光学では説明できない上に、その周期が30度であることは、セレン化ガリウム結晶が六方晶系に属することと直感的に相反します。

奇数次の結晶方位依存性を再現するために、最低伝導帯内(図2(b))を電子が運動し、このバンド内電流(注2)によって高調波が発生するモデルを考えました。このモデルでは解析的に発生する高調波を求めることができ、その結果、固体から発生する放射はバンドの曲率と関係があることがわかりました。このバンドの曲率は逆有効質量に比例し、2階のテンソルで書くことができます。本研究の条件では、曲率テンソルの2個の成分を用いて、それぞれ平行偏光成分(図2(c))と直交偏光成分(図2(d))を表せることがわかりました。10 MV/cmの高強度電場を加えた時、電子の運動範囲は図2(b, c, d)の黒実線円内で表される異方性が強い部分に到達します。結果として、平行偏光成分では60度周期が、直交偏光成分では30度周期が現れることが図からわかります。

図2.(a) セレン化ガリウムの結晶構造、 (b) 第一原理計算による最低伝導帯のバンド分散、(c) 平行偏光成分を担うバンド曲率、(d) 直交偏光成分を担うバンド曲率
図2.(a) セレン化ガリウムの結晶構造、第一原理計算による (b) 最低伝導帯のバンド分散、(c) 平行偏光成分を担うバンド曲率、(d) 直交偏光成分を担うバンド曲率

さらに、第一原理計算(注3)から電子状態を求め、それに基づいて系の時間発展ひいては高次高調波発生の精密な数値シミュレーションを行いました。その結果(図3)は以下の3点において、実験を良く再現しています。1.偶数次(両偏光方向)の結晶方位角依存性の60度周期、2.奇数次の平行偏光成分の60度周期、3.奇数次の直交偏光成分の30度周期。さらに、この計算から、2種類の放射源(バンド内電流とバンド間遷移)の高調波発生への寄与について分解することが可能です。その結果、偶数次ではバンド間遷移のみが、奇数次では両成分が寄与することがわかりました。セレン化ガリウムでは9次以下の奇数次ではバンド内電流の寄与が強いことがわかりました。

図3.3次元量子計算による偏光分解した高次高調波スペクトルの結晶方位角依存性
図3.3次元量子計算による偏光分解した高次高調波スペクトルの結晶方位角依存性
論文情報
  • 雑誌名:Physical Review Letters(2018年6月12日オンライン公開)
  • 論文タイトル:Polarization-Resolved Study of High Harmonics from Bulk Semiconductors
  • 著者:Keisuke Kaneshima, Yasushi Shinohara, Kengo Takeuchi, Nobuhisa Ishii, Kotaro Imasaka, Tomohiro Kaji, Satoshi Ashihara, Kenichi L. Ishikawa, and Jiro Itatani
  • DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.120.243903

研究の意義、今後の展望

本研究では高調波の偏光状態を詳しく解析することにより、偏光状態と試料のバンド曲率の異方性を結びつけることに成功しました。

将来的には、発生した高次高調波の偏光状態に加えて、時間波形を測定することにより、バンドの形状を再構築することが可能になると期待されます。さらに、バンド構造決定において全光学的手法を用いることができれば、従来用いられている光電子分光を適用できない、高圧力、高磁場、高電場下の極限状態や、過渡的な状態でもバンド構築が可能になると期待されます。


用語解説

注1:高次高調波

原子や分子、固体に高強度光を照射した際に発生する、照射した光の振動数の整数倍の振動数をもつ光を高次高調波と呼びます。原子、分子と言った気相における高次高調波発生過程は3ステップモデルと呼ばれる半古典的なモデルでその多くの部分が説明する事が出来ます。一方、近年に盛んに研究されるようになった固体における高次高調波発生過程では、バンド内電流の存在に代表される固体特有の物理過程が関わっている兆候が報告されており、未だ統一的な理解は得られていません。

注2:バンド内電流

高強度電場により電子・ホール対が形成されると、ブリルアンゾーンにおけるその占有数とバンド勾配の積できまるバンド内電流と、電子・ホール対の作る振動分極によるバンド間分極が高次高調波発生の源となります。気相における高次高調波発生を説明する3ステップモデルと対応がつくのは後者のバンド間分極であり、前者のバンド内電流による高次高調波発生は固体に特有のものです。

注3:第一原理計算

物質の構成原子、電子の質量と電荷、電荷間のクーロン相互作用のみを拠り処にした、量子力学の基本法則に立脚した電子状態理論を用いた計算です。近似を含むものの、物質依存の現象論的パラメーターを排して微視的な物理量を評価することが出来ることが大きな特徴です。本研究では第一原理計算の中でポピュラーな密度汎関数理論をもちいて、量子計算に必要なエネルギーバンドと運動量演算子の期待値を評価しました。

(公開日: 2018年06月13日)