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トポロジカル超伝導の発見 -幻の素粒子「マヨラナ粒子」の発見へ大きく前進-

東京大学 物性研究所

発表のポイント:

  • 高温超伝導体としてよく知られていたFeSe0.5Te0.5が、最表面ではトポロジカル超伝導であることを実験的に発見した。
  • この発見は、素粒子物理学で「幻の素粒子」として知られているマヨラナ粒子が、超伝導体表面に存在すると言う重大な可能性を示唆した。
  • マヨラナ粒子は、粒子と反粒子が同一粒子となるという性質を利用し、擾乱に強い新しい量子コンピューターを実現する可能性を示した。

発表概要:

東京大学物性研究所のPeng Zhang特任研究員、辛埴教授らの研究グループは、高温超伝導体の1種として、広く知られている鉄系超伝導体(注1)FeSe0.5Te0.5の最表面を、超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置(注2)を用いて調べたところ、トポロジカル状態の証拠の1つであるディラックコーン(注3)を発見した(図1)。また詳細な実験により、このディラックコーンで示される電子バンドがスピン偏極していることを明らかにし、トポロジカル物質であることを確認した。更に、超伝導ギャップ(注4)の直接観測により、超伝導転移温度が15Kのトポロジカル超伝導体であることを明らかにした。

これまでも、鉄系超伝導体は盛んに研究されて来たが、分解能不足のため、トポロジカル超伝導体の証拠は発見されなかった。本研究では、長年物性研究所にて開発されてきた超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置を用いることによって、トポロジカル超伝導体である証拠を直接観測、初めて発見した。

トポロジカル超伝導体には、素粒子物理学で未発見のマヨラナ粒子(注5)が存在する可能性が理論的に指摘されている(図2)。本成果によって、そのマヨラナ粒子を発見することが技術的に可能であることが示された。幻の素粒子、マヨラナ粒子の発見を大きく前進させ、今後、固体表面上で発見されることが期待される。

本成果は、Science誌オンライン3月8日版(米国東部時間)に掲載された。

  • 全文PDF  (*一部文章訂正 2018.3.9)

fig1

図1 超高分解能レーザー角度分解光電子分光により観測したFeSeTeの電子状態
TSSは、物質最表面を観測したもので、トポロジカル超伝導であることを示すディラックコーンで、X字にクロスしているのがわかる。赤矢印と青矢印はスピンの向きを表している。BVBは、結晶全体(バルク)を観測したもので、放物線状の電子バンドが見られる。


発表内容
① 研究の背景

2016年のノーベル物理学賞対象となった、トポロジカル物質は、現在最も盛んに研究が展開されている分野の一つとなっている。トポロジカルの考え方を、超伝導体に適用すると、画期的に新しい性質が物質に付加されることが分かっている。また、トポロジカル超伝導体の一部分には、マヨラナ粒子が潜んでいる場合があることが指摘されている。マヨラナ粒子は、素粒子物理学で「幻の粒子」と呼ばれる、未発見の素粒子である。ニュートリノがマヨラナ粒子である可能性が指摘されているが、実験的にはまだ証明されていない。このため、この様な幻の粒子を素粒子だけではなく固体表面にも発見する事が世界的な競争になっている。一方、マヨラナ粒子は、粒子と反粒子が同一になるという性質があり、この性質は擾乱に強い新しい量子コンピューター(注6)に利用できる可能性をもっており、この分野でも世界的な競争となっている。

② 研究内容と成果

東京大学物性研究所のPeng Zhang特任研究員、辛埴教授らの研究グループは、これまで、高温超伝導体の1種として、広く知られていた鉄系超伝導体FeSe0.5Te0.5について、超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置を用いてトポロジカル状態の証拠の1つであるディラックコーンを発見した。さらに、この事を確かめるために高分解能レーザースピン偏極角度分解光電子分光装置(注7)を用いて、このディラックコーンで示される電子バンドがスピン偏極していることを明らかにし、トポロジカル物質であることを確認した。更に、超伝導ギャップを直接観測し、トポロジカル超伝導体であることを明らかにした(図2)。

図2 結晶中の超伝導と表面に出来たトポロジカル超伝導の模式図 矢印は電子の持つスピンを表す。超伝導になると、電子同士がペアを作る。
図2 結晶中の超伝導と表面に出来たトポロジカル超伝導の模式図
矢印は電子の持つスピンを表す。超伝導になると、電子同士がペアを作る。

これまでも、鉄系超伝導体は非常に多くの研究者によって研究されて来たが、分解能が足りず、トポロジカル超伝導の証拠は発見されていなかった。同研究所では、固体の電子状態を研究するために、長年、高分解能レーザー角度分解光電子分光装置とレーザースピン偏極角度分解光電子分光装置開発し、世界一の分解能を達成している。これらの装置によって、初めて本研究が可能になり、トポロジカル超伝導であることを初めて発見した。

トポロジカル超伝導体表面には、素粒子物理学で未発見だったマヨラナ粒子が含まれる可能性が有ることが理論的に指摘されている(図3)。本成果により、固体表面上のマヨラナ粒子を発見できることが技術的に可能である事が示された。

③ 今後の展望

本成果は、固体最表面の電子状態を高分解能で観測することにより、トポロジカル超伝導を発見した。これにより、幻の素粒子であるマヨラナ粒子を固体表面で発見する事が技術的に可能であることを示した。今後、素粒子物理学では出来なかった研究、例えば、ニュートリノがマヨラナ粒子であるかどうかのヒントを得るなどの研究の展開が期待される。

一方、マヨラナ粒子の量子コンピューターへの応用も期待される。現在実用化されている量子コンピューターは0.015Kで量子状態を作り出しているが、本成果は15Kで動作可能になることを示した。またマヨラナ粒子は安定しているため擾乱に強い全く新しい量子コンピューターの開発が進むものと思われる。

図3 表面に出来たマヨラナ粒子を用いた量子コンピューターの模式図
図3 表面に出来たマヨラナ粒子を用いた量子コンピューターの模式図

発表雑誌

  • 雑誌名:Science 日本時間2018年3月9日(金) 午前4時
  • 論文タイトル: Observation of topological superconductivity on the surface of iron-based superconductor(鉄系超伝導体の表面におけるトポロジカル超伝導体の観測)
  • 著者:Peng Zhang, Koichiro Yaji, Takahiro Hashimoto, Yuichi Ota, Takeshi Kondo, Kozo Okazaki, Zhijun Wang, Jinsheng Wen, G. D. Gu, Hong Ding, and Shik Shin*(* 責任著者)
  • DOI: 10.1126/science.aan4596

用語解説

(注1)鉄系超伝導体
2008年に東京工業大学の細野秀雄教授らにより発見された超伝導を示すFe化合物の総称。超伝導転移温度が銅酸化物高温超伝導体に次いで高く、そのメカニズムの解明がさらなる高温での超伝導の実現に繋がると期待され、盛んに研究されている。多くの鉄系超伝導体が発見されているが、今回、研究対象になったのは、最も結晶構造が簡単なFeSeとFeTeが1対1で、混ざった混晶である。
(注2) 超高分解能レーザー角度分解光電子分光装置
物質に光を照射して出て来た電子(光電子)を詳しく調べる事で、物質の電子状態を調べる装置。物性研究所では、これを長年開発、世界一の高分解能にする事で、超伝導のメカニズムに極めて重要である超伝導ギャップの異方性を極めて精度良く測定することを可能にした。
(注3)ディラックコーン
図1のTSSが示すような直線で表されるようなバンド分散になっているものを言う。ディラックコーンになっていると、電子の質量(バンド分散の傾き)はゼロになる。
(注4)超伝導ギャップ
電子の持つ最高エネルギー(フェルミレベル)から生じるエネルギーギャップのことを言い、これは超伝導電子対の結合エネルギーに相当する。
(注5)マヨラナ粒子
物質を構成している粒子には、反粒子が存在する。例えば、電子の反粒子は陽電子である。マヨラナ粒子とは、粒子と反粒子が同一となる素粒子を言う。イタリアのエットレ・マヨラナが理論的に予言した。
(注6)量子コンピューター
0と1の状態のどちらかに限定されている従来のコンピューターとは異なり、0と1の両方の状態の重ね合わせになっている量子力学的な重ね合わせを用いて並列性を実現するとされるコンピューター。
(注7)レーザースピン偏極角度分解光電子分光装置
物性研究所によって、長年開発された実験装置で、磁石の原因であるスピンの向きを極めて精度良く測定する事が出来る世界最高のエネルギー分解能を持つ装置。
(公開日: 2018年03月09日)