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世界最高磁場の大幅記録更新985テスラを達成 −電磁濃縮法により、物性測定に実用可能な超強磁場を発生−

東京大学
東京大学 物性研究所

発表のポイント:

  • 電磁濃縮法(注1、図1)という超強磁場発生方法で985テスラという強力な磁場を発生させ、それを高精度に計測することに成功しました。
  • 1000テスラという超強力な磁場が発生可能であること、また、今後、1000テスラ領域での極限的な超強磁場環境での物性計測が可能であることを示しました。
  • 物性物理学の新しい発見とマテリアルサイエンスへの多大な貢献が期待されます。

発表概要:

東京大学物性研究所の嶽山正二郎教授、中村大輔助教、澤部博信技術職員の研究グループは、電磁濃縮法という超強磁場発生方法で985 テスラという強力な磁場を発生し、それを高精度に計測することに成功しました。室内での実験、かつ高度に制御された磁場として、これまでの世界最高記録730 テスラ(2011年、同研究グループ)を大幅に更新し、1000 テスラ目前まで到達しました。

物性研究所では1970年代からパルス法による超強磁場発生とこれを用いた極限的環境での物性物理学への応用研究に向けた開発を行っています。中村助教は、独自に開発したシミュレーションにより、嶽山教授により考案された電磁濃縮用の高効率磁場発生コイルを用いて、種磁場(注2)の値を調整することによって、より強力な磁場が発生できることを、高い信頼性で予測しました。他方、1000テスラ近くでは、強烈な電磁ノイズ、磁束の高速収縮に伴う衝撃波、その他電気絶縁破壊等の問題により、電気的な測定では600テスラ程度の測定が技術的な限界でした。本研究グループは、ファラデー回転(注3)という光学的な測定手法を用い、さまざまな工夫と高度な計測技術によって、磁場の最高到達点近傍まで精密に測定することを可能にしました。

これにより1000テスラという超強力な磁場が発生可能であること、また、今後、1000テスラ領域での極限的な超強磁場環境での物性計測が可能であることを示しました。この発生磁場は空間的にも時間的にも人工的に制御可能で、しかも、さまざまな信頼性ある物理計測が可能なため、半導体、ナノマテリアル、有機物質、超伝導体、磁性体で未解明の固体物理量子現象の解明により強力な手段を手に入れたとも言えます。

本成果は、測定技術および装置開発の分野での世界トップの権威ある科学誌であるAmerican Institute of Physics (AIP) 出版局が刊行する科学誌「Review of Scientific Instruments」の2月18日版(オンライン1月30日版)に掲載される予定です。また同誌の”Editors’ Pick”に採用されました。

図1 電磁濃縮法による超強磁場発生方法の模式図。両側に磁束濃縮に用いる種磁場を発生するパルス電磁石がセットされる。主コイルの中心にライナーと呼ぶ金属筒をセットし、電磁誘導による電磁応力を使ってこれを超高速に収縮させて磁束を濃縮して超強磁場を得る。
図1 電磁濃縮法による超強磁場発生方法の模式図。
両側に磁束濃縮に用いる種磁場を発生するパルス電磁石がセットされる。主コイルの中心にライナーと呼ぶ金属筒をセットし、電磁誘導による電磁応力を使ってこれを超高速に収縮させて磁束を濃縮して超強磁場を得る。

発表内容:
① 研究の背景

強力な磁場を発生する時、磁場発生に伴って強大な応力が発生します。例えば、1000テスラ(地磁気の1千万倍以上)の磁場を発生するには、1平方センチメートル当たり4千トン(400万気圧)という途方もない力で磁束を押さえ込む必要があります。そのために100テスラ以上の超強磁場発生には磁場発生コイルを意図的に破壊しますが、これには高度な特殊技術が必要で、爆薬を用いた爆縮法など幾つかの手法があります。しかし、物性物理のための精密な物性測定には高度に制御され、かつ、必要とされる試料空間に一様な磁場を発生する必要があります。これを実現できる方法は、現在のところ、「一巻きコイル法(注4)」と「電磁濃縮法」に限られています。特に、300テスラ以上を発生させるには、巨大で特殊なコンデンサ電源に電気エネルギーを蓄積し、それを瞬時に磁場発生コイルに巨大電流として投入し電磁力を使って磁束を濃縮して超強磁場を発生する「電磁濃縮法」しかありません。

図2 ファラデー回転光学測定実験配置図。直線偏光したレーザー光を石英の試料に照射し、検光子偏光板を通して試料からの透過光を検知する。高速の大型コンデンサからの電流を集電板に集め、数十マイクロ秒の瞬時に4百万アンペアほどの大電流を主コイルに投入する。これと同期させて光信号を電気信号に変換して、データをデジタイザーで収集する。その直後大爆発とともにコイルや試料ホルダなどは完全破壊する。この時の爆発はダイナマイト数本分に相当するので、鉄製の防爆箱の中にコイルをセットして、遠隔操作で装置を制御して実験を行う。大電流放出時に大きな電気ノイズが発生するため、データ収集は電磁シールド室内で行う。
図2 ファラデー回転光学測定実験配置図。
直線偏光したレーザー光を石英の試料に照射し、検光子偏光板を通して試料からの透過光を検知する。高速の大型コンデンサからの電流を集電板に集め、数十マイクロ秒の瞬時に4百万アンペアほどの大電流を主コイルに投入する。これと同期させて光信号を電気信号に変換して、データをデジタイザーで収集する。その直後大爆発とともにコイルや試料ホルダなどは完全破壊する。この時の爆発はダイナマイト数本分に相当するので、鉄製の防爆箱の中にコイルをセットして、遠隔操作で装置を制御して実験を行う。大電流放出時に大きな電気ノイズが発生するため、データ収集は電磁シールド室内で行う。
図3 電磁濃縮用磁場発生主コイルと試料ホルダ。主コイルとその中に磁束濃縮用の金属筒(ライナー)をセット、中心に試料ホルダを取り付ける。右図は試料ホルダとファラデー回転素子として石英ロッドを固定している様子。
図3 電磁濃縮用磁場発生主コイルと試料ホルダ。
主コイルとその中に磁束濃縮用の金属筒(ライナー)をセット、中心に試料ホルダを取り付ける。右図は試料ホルダとファラデー回転素子として石英ロッドを固定している様子。

② 研究内容

図4 本研究で得られた実験データ。上は、ファラデー回転の光学応答を示し、下の図は、これから得られた磁場の値を進展する時間を横軸にプロットしたもの。500テスラ程度までは電気信号で捉えることができており、そのデータをファラデー回転で得られた信号と重ねてプロットしている。
図4 本研究で得られた実験データ。
上は、ファラデー回転の光学応答を示し、下の図は、これから得られた磁場の値を進展する時間を横軸にプロットしたもの。500テスラ程度までは電気信号で捉えることができており、そのデータをファラデー回転で得られた信号と重ねてプロットしている。

中村助教は、10年前に嶽山教授が電磁濃縮用に考案した特殊な高効率磁場発生コイルを用いて超強磁場を発生するとき、磁束濃縮に用いる種磁場の値を調整することによって、より強力な磁場が発生できることを、独自に開発したシミュレーションにより高い信頼性で予測しました。しかし、このような超強磁場の極限的な環境では、狭い空間に発生する磁場を精度よく測ることは困難を極めます。1000テスラ近くでは、強烈な電磁ノイズ、磁束の高速収縮に伴う衝撃波、その他電気絶縁破壊等の問題により、電気的な測定では600テスラ程度までが技術的な限界でした。そこで今回、ファラデー回転という光学的な測定手法を用いました。それでも、磁場の上昇とともに試料空間が高速に収縮し、それが測定プローブ近くに接近すると強烈な閃光が発生し強烈なノイズとなるため、光学的な測定は容易ではありません。磁場の最高到達点近傍まで測定するには、さまざまな工夫と高度な計測技術が要求されます。今回、種磁場の値を最適化することにより985テスラという超強磁場を発生し、高精度かつ高い信頼性で測定することに成功しました。後僅か15テスラで1000テスラという一歩手前まで到達しました。

③ 社会的意義・今後の予定

1000テスラという超強力な磁場が発生可能であること、また、今後、1000テスラ領域での極限的な超強磁場環境での物性計測が可能であることを示す事が出来ました。

1000テスラの強力な磁場は、物性物理学の新しい発見とマテリアルサイエンスへの多大な貢献が期待できます。例えば、物質を構成する原子、分子に個別に磁束量子(注5)を貼り付けて原子近傍の情報を正確に引き出すことが可能になります。また、物質の中の電子の運動を1ナノメートルスケールに閉じ込めたり、非常に重たい電子を磁場で制御するなど、新規な機能の解明にも役立ちます。室温でも磁場のエネルギーがとてつもなく大きくなるため物質の量子現象が容易に観測できるようになります。

今回発生した磁場は空間的にも時間的にも人工的に制御して発生でき、しかも、さまざまな信頼性ある物理計測が可能なため、半導体、ナノマテリアル、有機物質、超伝導体、磁性体で未解明の固体物理量子現象の解明により強力な手段を手に入れたとも言えます。

発表雑誌:


用語解説:

注1:電磁濃縮法

鉄製の一巻きコイル(主コイルという)内に金属筒(ライナーと呼ぶ)をセットし、主コイルに大電流を瞬時に流す時の電磁誘導によりライナーに電磁応力を発生させて超高速に収縮させる。これにより磁束を超高速に濃縮して超強磁場を発生する方法(図1)。

注2:種磁場

電磁濃縮法では比較的大きな空間に弱い磁場を発生させ、この磁束を超高速に濃縮して超強磁場を発生させる。この初期値に当たる磁束を種磁場という。したがって、初期磁場ともいう。およそ直径130 mmくらいの空間に3-4テスラを発生させ、最終的に直径10 mmくらいの空間に600-1000テスラを発生させる。種磁場は、主コイルの両側に大型のパルス磁石を取り付け、これによりパルス的に磁場を発生させる。

注3:ファラデー回転

光の電場成分を一定方向に揃えたものを直線偏光という。石英やガラスなど光を透過する物質は光の侵入方向と平行に磁場をかけると、入射した光の直線偏光がある角度傾いて透過してくる。これをファラデー回転という。そして、傾いた角度をファラデー回転角という。石英などではこのファラデー回転の角度は印加した磁場の強さに比例するので、磁場の強さを測定するのに利用できる。

注4:一巻きコイル法

電気エネルギーを蓄積したコンデンサから、銅の一巻きのコイルに大電流(2-4百万アンペア)を瞬時に流して、超強磁場を発生させる方法。コイルが外に向けて変形する前に電流を流しきり、磁場の発生を終える。一巻きのコイルの内径(3-18 mm)に依存して100テスラから300テスラの超強磁場が発生できる。磁場発生直後にコイルは爆発的に破壊するが、全て外向きに破壊が広がるので、コイルの中に入れた試料ホルダや試料は無傷で残るので、同じ試料で何度も繰り返し再現性のある実験を行うことができる。

注5:磁束量子

磁石はどんなに小さくなってもN極とS極がいつも対としてのみ存在できる。磁石のN極からでてS極に入る線の束を磁束という。磁場の強さはこの線の密度で示されテスラの単位で表す。1000テスラほどの強磁場ではこの磁束の束は高密度になっている。言い換えると、ナノメートルスケールの面積に1本の磁束が入るという高密度になりうる。この時、磁束が離散的な値を取るように振る舞い、1本1本が量子化されているように見えてくる。磁束がこのように量子化された状態を「磁束量子」という。例えば、カーボンナノチューブの直径1ナノメートルの穴にこの磁束量子が入ることで、カーボンナノチューブを半導体から金属状態に変化させるアハラノフ・ボーム効果がよく知られている。

(公開日: 2018年01月31日)