トポロジカル絶縁体に付与した光情報の持続時間を 飛躍的に長くすることに成功
国立大学法人 広島大学
広島大学創発的物性物理研究拠点
国立大学法人 東京大学
東京大学 物性研究所
本研究成果のポイント
- トポロジカル絶縁体に光を照射した効果をナノ秒域(1ナノ秒:10億分の1秒)まで持続させることに世界で初めて成功しました。
- いよいよ電気的に検出できるまで持続時間が延びたことで、光、電子デバイス、トポロジカル絶縁体を組み合わせた新しい機能創成への道が拓けます。
- 持続時間を延ばす鍵は、結晶内部の絶縁性を高めること、および表層にいるディラック電子のエネルギーを制御する2点にあることを解明しました。
【概要】
広島大学大学院理学研究科 角田一樹JSPS特別研究員(DC1)、広島大学創発的物性物理研究拠点 木村昭夫教授と東京大学物性研究所極限コヒーレント光科学研究センター 辛埴教授、石田行章助教らを中心とする研究グループは、世界最高エネルギー分解能を有する時間・角度分解光電子分光(*1)装置を用いることで、トポロジカル絶縁体(*2)における非平衡状態の持続時間が結晶内部の絶縁性とディラック点(*2)の位置によって支配されていることを実験的に突き止め、結晶の表層にいる質量ゼロのディラック電子の光に対する応答時間を飛躍的に長くすることに成功しました。
トポロジカル絶縁体は、結晶内部は絶縁体にも関わらず、その表面では金属的な状態が存在しています。しかしながら、結晶中に存在する欠陥によって結晶内部も金属的になってしまうことが問題でした。今回、結晶内部の絶縁性をキャリアドーピングにより制御し、各ドープ量での電子構造と超高速キャリアダイナミクスを系統的に追跡しました。その結果、結晶内部が金属的な場合は非平衡状態が数ピコ秒以内で終了するのに対し、絶縁性が高くなると非平衡状態が約100倍長くなることを実験的に初めて実証しました。本研究で得られた知見は、トポロジカル絶縁体の光機能を利用した新しいデバイス開発に大きな指針を与えるものと期待されます。
本研究の成果は、英国Nature Publishing Groupのオンライン科学雑誌「Scientific Reports」に10月26日(イギリス時間午前10時)に掲載されました。

ビスマスのドープ量を増やすに従って、矢印で示すディラック点の位置が系統的にシフトしている様子がわかる。
論文情報
- 論文タイトル:Prolonged duration of nonequilibrated Dirac fermions in neutral topological insulators
- 著者名:*角田一樹1, *石田行章2, 朱思源1, 叶茂3, A. Pertsova4, C. Triola4, K. A. Kokh5, O. E. Tereshchenko5, A. V. Balatsky4, 辛埴2, *木村昭夫1(*責任著者)
- 所属:1 広島大学大学院理学研究科、2 東京大学物性研究所、3 中国科学院上海マイクロシステム情報技術研究所、4 北欧理論物理研究所、5 ノヴォシビルスク大学
- DOI:10.1038/s41598-017-14308-w
【背景】
2016年のノーベル物理学賞が与えられた物質におけるトポロジーの概念に基づいて、トポロジカル絶縁体(*2)という通常の絶縁体とは異なる特殊な絶縁体の存在が明らかになり大きな注目を集めています。トポロジカル絶縁体は、物質の内部は電気を通さない絶縁体にも関わらず、表面では金属的な振る舞いを示すことが知られています。この金属的なトポロジカル表面状態では、質量ゼロの電子(ディラック電子)が存在しており、さらにこれらが持つ電子スピンの向きが電子の運動方向に垂直な方向に揃っています。これによりトポロジカル絶縁体は高移動度、不純物に散乱されにくいなどの魅力的な特性を持っているため、これまでにない機能性を持った次世代デバイスに応用されることが期待されています。しかしながら、ほとんどのトポロジカル絶縁体の場合、結晶中に存在する欠陥などの影響によって結晶内部も金属的になってしまい、表面に存在するディラック電子の情報が覆い隠されてしまうという問題がありました。また最近では、トポロジカル絶縁体に赤外線パルスを瞬間的に照射した際に生じるディラック電子の動的性質にも注目が集まっており、光を利用した機能デバイスへの応用が期待されています。しかし、結晶内部が金属的な場合、光パルス照射後に生じる非平衡状態の持続時間は長くても数ピコ秒(1ピコ秒:1兆分の1秒)程度でした。これでは持続時間が短すぎて、応答を電気的に読み取ることができません。光応答の持続時間を少なくともナノ秒域まで延ばす必要がありました。そこで本研究グループでは、キャリアチューニングによって絶縁性の高いトポロジカル絶縁体を作成し、電子構造とディラック電子の動的性質の観測を試みました。
【研究成果の内容】
本研究では、トポロジカル絶縁体(Sb1-xBix)2Te3(Sb:アンチモン、Bi:ビスマス、Te:テルル)に着目し、アンチモンとビスマスの比率を制御することによって結晶内部の性質を金属から絶縁性へ変化させ、その電子構造と超高速キャリアダイナミクスをポンプ・プローブ法を利用した時間・角度分解光電子分光によって詳細に観測しました。

ビスマスをドープしていない場合は非平衡状態が約5ピコ秒以内で緩和しているが、ビスマスのドープ量を増やすと非平衡状態の持続時間が飛躍的に長くなることが明らかとなった。特に、ビスマスを43%ドープした試料では、非平衡状態が400ピコ秒以上経過しても存続しており、ビスマスをドープしていない試料より約100倍長い持続時間を観測した。
【今後の展開】
一般に、金属中の電子も光に対して応答します。しかし応答の持続時間は長くても数ピコ秒しかなく、これを電子デバイスで捉えることは早すぎて不可能でした。トポロジカル絶縁体の表層も金属ですが、この応答の持続時間を少なくともナノ秒域まで延ばせることが本研究で実証されました。金属であるにもかかわらずその応答時間を延ばすことができた鍵は、トポロジカル絶縁体の内部と表層の両方を上手く制御することにあることが明らかになりました。この指針に基づいて、さらに光応答の持続時間が延びることが期待されます。また、今回達成されたナノ秒域の応答であれば、既に電子デバイスでも捉えることができます。つまり、金属の光応答を電気的に捉える、ということも視野に入ってきます。特にトポロジカル絶縁体の表面金属層は、磁石にもなっている、という特異な性質があります。従って、光、電子デバイス、トポロジカル絶縁体、磁性、を組み合わせた全く新しい光スピンエレクトロニクス機能に繋がることも期待されます。

金属中の電子の応答の持続時間は長くても数ピコ秒と速く電子信号として捉えることは困難だが(左)、トポロジカル絶縁体の表層の応答の持続時間がナノ秒域であることにより電気信号として捉えることが可能となる(右)。
【用語解説】
- *1.時間・角度分解光電子分光
図4. 時間・角度分解光電子分光の模式図 物質に光を照射すると、光電効果と呼ばれる現象によって、電子が固体表面から放出されます。この放出された光電子のエネルギーと放出角度を測定し、エネルギー保存則と運動量保存則を利用して固体内部の電子のエネルギーと運動量の決定する手法を角度分解光電子分光と言います。
この角度分解光電子分光に、2種類の短パルスのレーザー光源を用いたものを時間・角度分解光電子分光といい、ポンプ光と呼ばれる光パルスによって生じた電子状態の動的変化をプローブ光によってスナップショットとして捉えることができます。
この時間・角度分解光電子分光は、通常の光電子分光では捉えることのできない非占有電子状態(電子が元々いない状態)や電子の超高速ダイナミクスを直接観測することができるため、基礎から応用に渡る幅広い分野で有用な実験手法となっています。
- *2.トポロジカル絶縁体・ディラック点
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透明なガラスは電気を通さずアルミホイルは電気を通すように、日常生活の中で「電気を通すかどうか」という感覚は物質の色を見るだけである程度判断できてしまいます。また、その自然に身に付いた感覚は、物理的な理由づけも可能であり、透明なガラスは「絶縁体」、アルミホイルは「金属」というように物質中の電子の状態で区別されます。
図5. トポロジカル絶縁体の表面電子 一方、「トポロジカル絶縁体」に属する物質は特殊で、「絶縁体」でありながら、その表面で金属と同じように電気を流す性質を持つ特殊な物質です。トポロジカル絶縁体の表面に電流を担う電子はスピン(電子の自転)[図5(a)(b)]をそろえて運動し、「光」と同じように質量を持たないのが最大の特徴です。この様子を、横軸を電子の運動量、縦軸を電子のエネルギーとして表すと、右図(c)の様に、電子エネルギーと運動量が比例関係にあり一般にディラック・コーンと呼ばれる。また、ディラック・コーンの中心にあたる直線が交わる部分はディラック点と呼ばれる。また通常の物質とは異なり、トポロジカル絶縁体の表面を動き回る電子は、普通とは違い、欠陥や不純物によって邪魔されることなく(エネルギーを損失することなく)伝導ができるというとても魅力的な性質を持っています。