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ーSF映画のように自律性を持って動く新たなソフトマシン開発の重要な手がかりにー

ゾル-ゲル変化を自ら繰り返す、アメーバのような新物質を人工的に合成
ーSF映画のように自律性を持って動く新たなソフトマシン開発の重要な手がかりにー

東京大学大学院工学系研究科
物質・材料研究機構
東京大学 物性研究所

発表のポイント

  • 流動性の変化をひとりでに繰り返す、アメーバのような液体の人工合成に世界で初めて成功しました。
  • ゼリーや寒天のように、温めたり冷やしたりすると流動性が変化する材料は広く知られていましたが、こうした変化がひとりでに起こる材料は未だ存在しませんでした。
  • 本研究により生命の自律性を深く理解することにつながり、SF映画で描かれてきたような、生き物のようなソフトマシンの創製に貢献する可能性を強く秘めています。

発表概要

生き物らしい「ソフトでしなやかな動き」は、ナノメートルオーダーの要素が複雑に相互作用を及ぼし合うことで実現されています。しかし、こうした自律挙動を人工的に再現するのは極めて難しく、これまでほとんど報告はありませんでした。今回、東京大学大学院工学系研究科の小野田実真大学院生、玉手亮多研究員、吉田亮教授、物質・材料研究機構の上木岳士主任研究員、東京大学物性研究所の柴山充弘教授らの共同研究グループは、人工合成された高分子が化学反応を伴いながら「集合と分散を自ら繰り返す」仕組みを考案し、外から電気・光・熱などを一切加えることなく、ゾル(液体)状態とゲル(擬固体)状態をひとりでに繰り返すアメーバのような液体の人工的な合成に初めて成功しました。

周期的なゾル-ゲル変化は、生体内では細胞分裂・傷の修復・癌細胞の転移・アメーバの運動等において頻繁に観察されます。このゾル-ゲル変化はアクチンという生体高分子が「集合と分散を自ら繰り返す」ことで実現されています。つまり、今回の成果は、アクチンの持つ機能を合成高分子がまねて、生体内で見られる生命挙動の一部を人工的に再現したと言えます。将来的には、アメーバの運動機構をはじめ、生命の自律性を考察する糸口になると考えられます。また、SF映画で描かれてきたような、生き物のように自律性をもって動く新たなソフトマシンの実現に繋がると期待されます。

本研究成果は、2017年7月13日に「Nature Communications」(オンライン速報版)で公開されます。

本研究において、ブロック共重合体を溶かした溶液中でBZ反応を生起させることにより、時間軸(奥から手前)に沿ってゾル(緑色、高分子ミセルが分散)になったりゲル(橙色、高分子ミセルが集合、連結してネットワーク化)になったりする挙動を初めて実現した。
図1:研究のコンセプト図
本研究において、ブロック共重合体を溶かした溶液中でBZ反応を生起させることにより、時間軸(奥から手前)に沿ってゾル(緑色、高分子ミセルが分散)になったりゲル(橙色、高分子ミセルが集合、連結してネットワーク化)になったりする挙動を初めて実現した。

発表内容

生体内で営まれる多様な生命現象は、様々な物質が階層構造(注1)をもつことで実現されています。例えば、ヒトは約37兆個の細胞からできています。この細胞は細胞膜・核など、様々な要素からできており、例えば細胞膜は、無数のリン脂質に加え、いくつかの生体高分子が巧みに組み合わさることで作られています。生命現象の元になる細胞活動のためには、外部からエネルギーを取り入れる必要があります。この過程で、膜を構成する生体高分子が外部とのやり取りを担い、細胞内へのエネルギーの取り込みと変換を実現しています。

生き物らしさという観点では、その動的な特性も見逃せません。例えば、アメーバのような原生生物や白血球などの細胞は、内部でアクチンと呼ばれる生体高分子が集合と分散を繰り返し、流動性を絶えず変化させ、ゾル-ゲル振動(注2)することで運動しています。アクチンによるゾル-ゲル振動は、生体内でも癌細胞の転移・免疫細胞の発生・細胞分裂・傷の修復等において頻繁に観察されることが知られています。このように、階層構造に支えられた動的挙動は、生命現象維持の観点から極めて重要です。しかし、その重要性が強く認められている一方で、このような挙動を人工的に再現することに成功した報告は、その困難さのため、ほとんど報告がありませんでした。

今回、東京大学を中心とする共同研究グループは、人工的に合成された高分子が集合と分散を自ら繰り返す仕組みを考案し、外部から電気・熱・光などを一切加えず、ひとりでに物質の流動性や硬さ・柔らかさが周期的に変化するアメーバのような高分子溶液の合成に世界で初めて成功しました(図1)。

ゾル-ゲル振動の実現にあたっては、Belousov-Zhabotinsky (BZ)反応(注3)と呼ばれる化学振動反応を引き起こす仕組みを、ABC型トリブロック共重合体(注4)と呼ばれる、特殊な分子配列を持つ高分子構造に組み込んだことが重要な働きをしました。

生体のエネルギー代謝反応(TCA回路)の実験的なモデルとしても知られるBZ反応は、金属錯体の水溶液に酸・酸化剤・有機酸を加えると、錯体の酸化還元状態が周期的に振動するという反応です(図2)。本研究グループは、この金属錯体を高分子に化学修飾し、酸化状態ではゾル(液体)に、還元状態ではゲル(擬固体)になるように分子を設計しました。この高分子を溶かした溶液に酸・酸化剤・有機酸を入れたところ、高分子自身がこれら3つの化学物質を代謝しながら、酸化-還元変化に同期したゾル-ゲル振動がひとりでに生起し(図3・図4)、生体と同様、化学エネルギーから直接、ゾル-ゲル振動という機械エネルギーに変換できる分子レベルの仕掛けを作ることに成功しました。

この高分子溶液は、溶かす高分子の量をコントロールすることで、溶液粘性を色々な振れ幅で振動させることができます。例えば、1 mLに5 mgの高分子を溶かした溶液は2 mPa s(注5)程度の粘性振幅(水~醤油ぐらい)で振動し、1 mLに50 mgの高分子を溶かした溶液は2000 mPa s程度の粘性振幅(水~ハチミツぐらい)で振動します(図5)。この2000 mPa sという振幅は、実際にアメーバが運動中に見せる粘性振幅に匹敵します。今回合成した分子は温度に応答する性質も持っているため、温度を変えることでも粘性振幅をコントロールすることができます(図6)。また、液体に溶かす酸・酸化剤・有機酸の量を変えることで、振動の速さも自在にコントロールすることができます。

ゼリーや寒天のように、冷やしたり温めたりすると液体になったり固まったりする材料は古くから知られていましたが、こうした変化が自律的に生起するような材料は、未だかつて例がありませんでした。今回の報告は、これを初めて実現したばかりか、アクチンによる自律的な生命挙動の一部を、人工的に再現した初めての報告でもあります。将来的には、アメーバの運動機構をはじめ、生命の自律性を考察する糸口になると考えられます。また、SF映画で描かれてきたような、生き物のようにしなやかな動きをみせるソフトマシンの実現が期待されます。

発表雑誌

用語解説

  • 注1:生命の階層構造

    生命現象は様々な物質が極めて高度に秩序化され、階層構造を形成することで実現されている。本文中では「ヒト⇒細胞⇒細胞膜や核⇒リン脂質や生体高分子」という階層構造を例に、各要素がそれぞれ異なるスケールで働き、協働する結果、複雑な生命現象が実現されていることを紹介した。生き物らしい挙動を実現する「バイオミメティクス」という研究分野では、蓮の葉の表面構造をまねた撥水表面・イモリの手のひらの構造をまねた吸着材・オナモミの突起構造をまねた面ファスナーなどが広く知られるが、どれも生体の「静的な階層構造」をまねたものであり、「動的な階層構造」をまねた材料は少ない。

  • 注2:アメーバのゾル-ゲル振動

    アメーバの運動は、アクチンという生体高分子が集合と分散を繰り返して起こるゾル-ゲル振動が重要な役割を果たしていることが知られている。ゾル状態では明確な流動性があり、ゲル状態では流動性を失う。アメーバは、周期的にゾル-ゲル振動することで自身の流動性を絶えず変化させ、運動している。

  • 注3:Belousov-Zhabotinsky (BZ)反応

    硝酸などの酸、臭素酸ナトリウムのような酸化剤、マロン酸のような有機酸と共に、ルテニウムビピリジン錯体(Ru(bpy)3)のような金属錯体を水の中に一緒に入れると、Ru(bpy)3が酸化反応と還元反応を繰り返しながら、酸化剤と有機酸が反応して消費される反応。この反応は、一度起こると外部から何もせずともRu(bpy)3の酸化還元状態が数秒~数分おきに変化することから、生体内で見られる振動反応のモデルとしてしばしば引用される。

  • 注4:ABC型トリブロック共重合体

    ブロック共重合体とは、高分子(ひも状の長い分子)の分類の一つであり、異なる種類の高分子を幾つか連結したような構造をしている。それぞれの高分子に異なる性質を入れることで、分子に様々な機能を与えることができる。本研究では、高分子A・高分子B・高分子Cを一直線につなげた、ABC型トリブロック共重合体を合成した。高分子Aは水に溶けない性質、高分子Bは水に溶ける性質、高分子CはBZ反応条件におくと水に溶けたり溶けなくなったりする性質である。そこで、このABC型トリブロック共重合体を水に溶かしBZ反応条件におくと、高分子は水との溶けやすさを周期的に変化させるようになる。その結果、あたかも生体内でアクチンが集合分散を繰り返しているかのように、高分子は集合分散を繰り返し、ゾル-ゲル振動が実現される。

  • 注5:mPa s

    粘度の単位。ミリパスカル秒。外からの力に対して働く、液体の内部抵抗の大きさと定義される。1 mPa sはおおよそ水の粘度。

添付資料

図2: BZ反応のイメージ BZ反応は酸・酸化剤・有機酸をルテニウムビピリジン錯体(Ru(bpy)3)と共に共存させると、酸化剤と有機酸が二酸化炭素や水に変化する化学反応の中で、この反応を進める役割を持つRu(bpy)3の酸化・還元状態が周期変化する。本研究では、高分子にRu(bpy)3を入れ込むことでこの酸化還元振動を溶液全体の流動しやすさ(粘性率)や硬さ・柔らかさ(弾性率)といった性質に変換することに成功した。
図2: BZ反応のイメージ

BZ反応は酸・酸化剤・有機酸をルテニウムビピリジン錯体(Ru(bpy)3)と共に共存させると、酸化剤と有機酸が二酸化炭素や水に変化する化学反応の中で、この反応を進める役割を持つRu(bpy)3の酸化・還元状態が周期変化する。本研究では、高分子にRu(bpy)3を入れ込むことでこの酸化還元振動を溶液全体の流動しやすさ(粘性率)や硬さ・柔らかさ(弾性率)といった性質に変換することに成功した。

図3:高分子溶液がゾル-ゲル振動する様子の測定結果 貯蔵弾性率は溶液の固体的な性質(硬さ・柔らかさ)と、損失弾性率は溶液の液体的な性質(流動のしやすさ)を示すもので、貯蔵弾性率>損失弾性率の時には溶液はゲルであることを、損失弾性率>貯蔵弾性率の時には溶液はゾルであることを示す。本測定ではこの大小関係が周期的に入れ替わっていることから、ゾル-ゲル振動していることが確認できる。
図3:高分子溶液がゾル-ゲル振動する様子の測定結果

貯蔵弾性率は溶液の固体的な性質(硬さ・柔らかさ)と、損失弾性率は溶液の液体的な性質(流動のしやすさ)を示すもので、貯蔵弾性率>損失弾性率の時には溶液はゲルであることを、損失弾性率>貯蔵弾性率の時には溶液はゾルであることを示す。本測定ではこの大小関係が周期的に入れ替わっていることから、ゾル-ゲル振動していることが確認できる。

図4:高分子溶液がゾル-ゲル振動する様子の直接観測 (a)溶液の流動性が明確に変化し、ゲル状態(0秒、56秒、109秒、162秒)では液体は固まってゲルになっているが、ゾル状態(24秒、80秒、140秒、197秒)では流動性がある。 (b)この溶液を管の中に入れ、傾けて静置すると、ゾル-ゲル振動にあわせて溶液が動いたり止まったりする様子が観測された。
図4:高分子溶液がゾル-ゲル振動する様子の直接観測

(a)溶液の流動性が明確に変化し、ゲル状態(0秒、56秒、109秒、162秒)では液体は固まってゲルになっているが、ゾル状態(24秒、80秒、140秒、197秒)では流動性がある。

(b)この溶液を管の中に入れ、傾けて静置すると、ゾル-ゲル振動にあわせて溶液が動いたり止まったりする様子が観測された。

図5:粘性振幅の高分子濃度依存性と分子構造依存性 高分子濃度を上げることで、溶液粘性の振幅が大きくなることが分かる。一方、構造がよく似たABA型トリブロック共重合体では粘性の振れ幅はごく僅かである。ナノレベルの分子構造のわずかな違いが、溶液の性質を大きく変えていることがわかる。
図5:粘性振幅の高分子濃度依存性と分子構造依存性

高分子濃度を上げることで、溶液粘性の振幅が大きくなることが分かる。一方、構造がよく似たABA型トリブロック共重合体では粘性の振れ幅はごく僅かである。ナノレベルの分子構造のわずかな違いが、溶液の性質を大きく変えていることがわかる。

図6:温度による粘性振幅のコントロール この溶液は低温(22℃)では小さく粘性振動し、高温(30℃)では大きく振動する。本結果より、振動の幅は高分子濃度だけでなく、温度を変えることでもコントロールできると示された。
図6:温度による粘性振幅のコントロール

この溶液は低温(22℃)では小さく粘性振動し、高温(30℃)では大きく振動する。本結果より、振動の幅は高分子濃度だけでなく、温度を変えることでもコントロールできると示された。


関連サイト

(公開日: 2017年07月13日)