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水処理膜に新たな「分子ふるい」の機能を発見: イオンを取り巻く水の水素結合構造を認識して選択的な透過

東京大学

発表のポイント

  • 液晶高分子(注1)を用いた水処理膜が、イオンを取り巻く水の水素結合構造(注2)を認識して特定のイオンを透過させることを明らかにしました。
  • 水を材料の一部とみなすことにより、水と接する材料の機能がうまく説明できることを示しました。
  • 水処理膜のみならず、生体親和性や接着など、水を介する機能材料の設計・材料研究への展開が期待されます。

発表概要:

東京大学大学院新領域創成科学研究科修士課程2年の渡辺隆甫大学院生(研究当時)、同大学物性研究所の山添康介特任研究員、宮脇淳助教(研究当時)、原田慈久教授、同大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の坂本健助教、加藤隆史教授は、液晶高分子を用いた水処理膜が、イオンを取り囲む水の水素結合構造を認識してイオンを選択的に透過する可能性を示しました。
水を利用価値のある形に転換して安全・安心な水を確保するために、これまでにさまざまな水処理膜が開発されてきました。水処理膜は多くの微細な穴を持っており、そのサイズと、水に溶けたイオンや不純物のサイズを比較して、穴より小さいものが透過するという「分子ふるい」の原理で理解されています。しかし実際には、イオンや不純物は水和水と呼ばれる水の殻を被っており、その殻も考慮した実効的な大きさで分子ふるいを考える必要があります。また、イオンは電荷を持っているため、穴の中にプラスやマイナスの電気を帯びた部分があれば、電気的な相互作用が透過するイオンの選択性に大きく影響します。

本研究では、加藤教授らが開発した、極めて均一かつ1ナノメートル(10億分の1メートル)以下でサイズの揃った穴を持つ液晶高分子の自己組織化膜を用いると、実効的なサイズと電荷の大きい硫酸マグネシウムが、実効的なサイズと電荷の小さい塩化ナトリウムよりも多く透過するという現象に着目しました。これは従来の原理(分子ふるいや電気的な相互作用)だけでは説明できず、イオンを取り巻く水も透過機能に関わる可能性を示唆しています。そこで、わずかな水の構造変化も捉えることのできる大型放射光施設SPring-8(注3)(ビームラインBL07LSU)を用いて液晶高分子膜中の水を調べた結果、イオンを取り巻く水の水素結合構造が穴の中で安定に存在するかどうかが、イオンの選択的な透過機能に影響を及ぼすことを見出しました。

本研究成果は水を材料の一部とみなすことにより、水と接する材料の機能がうまく説明できることを示したもので、今後水処理膜や生体膜のイオン選択透過機能にとどまらず、生体親和性や接着など、水と材料の界面で発現する様々な機能に対する水の役割を可視化する第一歩となることが期待されます。

本研究成果は、2020年10月20日付でドイツ化学会の国際学術誌「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン速報版で公開される予定です。

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発表内容:

① 研究の背景と経緯

海水を淡水化する、汚水を浄化して飲めるようにするなど、水処理技術は安全・安心な水を確保し、持続可能な社会を実現するために必要不可欠です。中でも水処理膜を用いた方法は、水道やプールなどで使われる塩素消毒や紫外線殺菌による浄化手法に比べると簡便で、省エネルギーであるなどのメリットがあります。それだけでなく、水処理膜はウイルスや特定の有害物質を除去する、有効な成分を抽出するなど、水をより利用価値のある形に転換する高度な機能も持っています。水処理膜は、除去あるいは抽出したいイオンや不純物のサイズに応じた多くの微細な穴を持っています。イオンや不純物は水和水と呼ばれる、ある「硬さ」と「厚み」を持った水の殻を被って移動するため、膜を透過する際には、穴のサイズと水和水をまとったイオンや不純物のサイズを比較して、穴が大きければ透過し、穴が小さければ透過しないという「分子ふるい」の原理が働くと考えられます。またイオンや不純物の持つ電荷と穴の中に存在する電荷との間に働くクーロン相互作用も透過するイオンの選択性に大きく影響し、イオン交換膜の原理に応用されています。さらに穴径がナノメートルを切ると、水和水の安定性や水和水と穴との直接の相互作用が影響する可能性が指摘されています。しかしこれまでナノメートル以下で穴径が揃った水処理膜自体を作ることが難しかったため、イオンや不純物を選択的に透過する機能に水がどのように寄与するのか、詳細はわかっていませんでした。

②研究の内容

研究グループは、イオンや不純物の選択的な透過機能に水が果たす役割を明らかにするために、加藤教授らが開発した、均質かつ0.6ナノメートル(100億分の6メートル)でサイズの揃った穴構造を持つ、自己組織化液晶高分子膜を用いました。この水処理膜では、実効的なサイズと電荷のいずれも塩化ナトリウムより大きいはずの硫酸マグネシウムがより多く透過されるという結果が得られていました。これは、穴のサイズが揃っていることを考えると従来の原理(分子ふるいや電気的な相互作用)だけでは説明できません。そこでイオンを取り巻く水和水の構造が透過機能に関わる可能性を調べるために、わずかな水の構造変化も捉えることのできる軟X線発光分光(注4)と呼ばれる手法を適用し、硫酸マグネシウムと塩化ナトリウムの水和水、水処理膜中の水が、それぞれ純水と比べてどの程度構造を変化させるかを詳細に調べました。その結果、図に示すように、硫酸マグネシウムの方が、塩化ナトリウムよりもずっと水処理膜中の水に近い水和水の構造(より正確には、水のネットワークが純水よりも大きく崩された構造)を持つこと、すなわち、水和されたイオンが穴の中で安定に存在できることがわかりました。これは、イオンを取り巻く水の水素結合構造が穴の中で安定に存在できる場合には、水和水をまとったイオンが透過しやすく、水和水の水素結合構造が穴の中と異なる場合には、イオンもろとも透過されないという可能性を示しています(図)。さらに、水和水の構造は、塩(えん)の濃度による違いが小さいため、処理する水の濃度に強く依存しないという点も重要です。最終的には、穴のサイズや電荷の影響も加味して、イオンの選択的な透過性能が決まるものと考えられます。

(図)(上)軟X線発光分光実験で得られた水処理膜中の水とイオンの水和水の水素結合変化。MgSO4の方がNaClより膜中の水に近い構造を持っている。(下)水処理膜と相互作用する水と同じ水素結合の水和水を持つMgSO4が NaCl より多く透過されるイメージ図。
(図)(上)軟X線発光分光実験で得られた水処理膜中の水とイオンの水和水の水素結合変化。MgSO4の方がNaClより膜中の水に近い構造を持っている。(下)水処理膜と相互作用する水と同じ水素結合の水和水を持つMgSO4が NaCl より多く透過されるイメージ図。
③今後の期待

穴径の揃った自己組織化液晶高分子膜は、材料となる液晶高分子の種類を選ぶことで、穴径や電荷の状態を制御することも原理的に可能です。うまく設計すれば、特定のウイルスや有害イオンだけを除くような機能膜として働かせることができ、「除かなくて良いものを透過させる」という性質は、膜を長時間使用しても目詰まりを起こしにくいという大きなメリットがあります。

本研究成果により、イオンを選択する機能の一部を水自身が担っていることがわかり、穴のサイズと電荷だけでは説明できないイオンの選択的な透過機能が説明できました。今後は自己組織化液晶高分子膜を設計する際に、水の構造も考慮することになります。しかしこれは、熱的に揺らぐ高分子界面で水のネットワークを顕わに取り入れるという、計算機シミュレーションにおける最も挑戦的な課題の一つです。多くの実験結果で情報を補完し、計算コストを最小限に抑えることによって、水処理膜のみならず、生体親和性や接着など、水と材料の界面で発現する様々な機能に対する水の役割を可視化し、機能材料の設計にフィードバックする新しい材料研究の流れが期待されます。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究(研究領域提案型)「水圏機能材料 環境に調和・応答するマテリアル構築学の創成」(領域代表:加藤隆史、領域番号:6104 研究期間:令和元年7月~令和6年3月)、「水圏機能材料の先端構造・状態解析」(研究代表者:原田 慈久)、「水圏機能材料の基盤となる分子設計・分子集合体の構築」(研究代表者 加藤 隆史)の支援を受けて実施されました。

発表雑誌:

用語解説:

(注1)液晶高分子
液晶は液体と結晶の中間の状態(相)で、流動性と分子配列構造を同時に示す。一般には液晶高分子は、棒状あるいはディスク状の部分を有する有機高分子が液晶相を形成するものを示す。本研究では、双連続キュービック液晶相と呼ばれる内部に3次元的なチャネル(穴)構造を自己組織的に形成する分子を反応させて高分子化した膜を用いている。
(注2)水素結合構造
弱い陽性の電荷をもつ水素原子を介して、陰性の電荷をもつ原子(酸素、窒素など)間に作られる弱い結合。水素結合の結果として分子同士が弱くつながる。
(注3)大型放射光施設SPring-8
SPring-8は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す理研の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
(注4)軟X線発光分光
軟X線は主に波長が1ナノメートルより長いエネルギーの低いX線のことを指す。物質が軟X線を吸収した後に放出される軟X線のエネルギーを分析する手法を軟X線発光分光という。軟X線発光分光を用いると、物質中の化学結合や水素結合などの相互作用、あるいは磁性、電気伝導などの物性に関わる電子の状態を明らかにすることができる。
(公開日: 2020年10月20日)