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時間結晶の新たな生成メカニズムを発見 〜対称性に保護された時間結晶〜

東京大学

発表のポイント

  • レーザーなどで周期的に駆動された量子系に内在する新たな対称性を発見し、この対称性によって二種類の時間結晶が実現することを明らかにしました。
  • これらの時間結晶は、対称性にのみ依拠しており、固体物質、冷却原子気体、量子光学系など一見異なるさまざまな物理系に普遍的に生じ得ます。
  • 本研究成果は、物質中における時間と空間の類似性の理解を一歩前進させるものです。

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発表概要:

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の鎮西弘毅大学院生と同大学物性研究所の池田達彦助教の研究グループは、物理系が持つ特殊な対称性に着目することにより、時間結晶の新たな生成メカニズムを発見しました。

身の回りにある氷や金属などの結晶中では、原子が空間内で周期的に配列しています。このような周期的なパターンは、空間方向だけでなく時間方向でも生じうるのか。この時間と空間の類似性に関する問題はフランク・ウィルチェック博士(2004年ノーベル物理学賞)によって2012年に提起され、時間方向に周期性を持つ特異な状態は「時間結晶」と名付けられました。その問題提起以降、時間結晶に関する研究は世界中で活発に行われ、さまざまな実現方法が提案されてきました。しかし、これまで提案されてきた時間結晶の多くは個々の理論模型の詳細に強く依存しており、模型の詳細によらない系統的な時間結晶理論の構築は未だ十分ではありませんでした。

今回研究グループは、レーザーなどで周期的に駆動された量子系(フロケ系、注1)において、「フロケ動的対称性」という新たな対称性を発見し、その対称性によって二種類の時間結晶状態(離散時間結晶および離散時間準結晶、注2)が実現することを明らかにしました(図1)。本研究で提案した時間結晶の新たな生成メカニズムは、物理系が持つ対称性構造だけに依拠しており、固体物質、冷却原子気体、量子光学系などさまざまな物理系への適用が可能です。今回の成果は、物質中における時間と空間の類似性の理解を一歩前進させ、非平衡基礎理論の発展に寄与するものです。

本研究成果は国際科学雑誌Physical Review Lettersの2020年7月29日付けオンライン版で公開される予定です。

図 1 フロケ動的対称性に保護された時間結晶の概念図
図 1 フロケ動的対称性に保護された時間結晶の概念図
フロケ動的対称性を持たない通常の物質をレーザーで駆動すると、その観測量はレーザーと同じ周期で振動する。しかし、フロケ動的対称性を持つ特殊な物質では、観測量がレーザーより長い周期で振動する時間結晶状態が実現する。

発表内容:

①研究の背景

原子が空間内で規則的に配列した氷や金属などの結晶は、空間の並進対称性(注3)自発的に破れた状態(注4)として理解されます。では、時間の並進対称性が破れた「時間結晶」も同様に存在しうるのか。ノーベル物理学賞受賞者であるフランク・ウィルチェック博士によって2012年に提起されたこの問題は、世界中の多くの研究者の関心を集め、その実現方法に関して現在でも活発な研究が行われています。その中でも特に注目されているのが、レーザーなどで周期的に駆動された量子系(フロケ系)で生じる離散時間結晶です。離散時間結晶は、離散的な時間並進対称性が破れた状態であり、外部からの駆動の時間周期とは異なる長い周期で自発的に振動します。

さまざまな系で離散時間結晶の実現が提案されてきましたが、それらの研究の多くは個々の理論模型の詳細に強く依存しており、模型の詳細によらない系統的な時間結晶理論の構築は未だ十分ではありませんでした。

②研究内容

研究グループは、周期的に駆動された量子系に内在する新たな対称性「フロケ動的対称性」を発見し、その対称性に基づいて時間結晶の新たな生成メカニズムを明らかにしました(図1)。「フロケ動的対称性」は、時間に依存しない系において近年提案された「動的対称性(注5)」を周期駆動(フロケ)系に拡張したものです。これらの「動的対称性」は、伝統的な量子力学における対称性の枠組みには入りませんが、量子系のダイナミクスの性質を決定付ける重要な役割を果たすことが明らかになりました。

本研究で発見された時間結晶はフロケ動的対称性に保護されており、その対称性を破らない限り時間結晶状態は壊れません。また、フロケ動的対称性を持つ系では、離散時間結晶と離散時間準結晶と呼ばれる二種類の異なる時間結晶状態が現れます。今回提案された新しい時間結晶の生成メカニズムは、物理系が持つ対称性だけに依拠しており、理論模型の詳細には依存しないため、固体物質、冷却原子気体、量子光学系などのさまざまな系に適用可能です。

研究グループは、円偏光した振動磁場で駆動されたハバード模型(注6)を例にとって、フロケ動的対称性に保護された時間結晶が現れることを証明しました(図2)。時間結晶状態において、全てのサイトで電子スピンの運動が同期し、それらは(準)周期的に回転し続けます(図3)。さらにこの模型では、例えば照射するレーザーの強度を変化させるだけで、時間結晶と準結晶のスイッチングやその周期を変化させることが可能です。この時間結晶は、散逸量子系と孤立量子系(注7)のどちらでも生じ、またフロケ動的対称性を破らない限り、系に乱れが存在しても時間結晶は壊れません。

図 2 ハバード模型における時間結晶の概念図
図 2 ハバード模型における時間結晶の概念図
円偏光した振動磁場で駆動された粒子達は、互いに相互作用しながら運動した後、全てのサイトでその動きが同期し、スピンが周期的(準周期的)に回転し続ける。

図 3 離散時間結晶・準結晶の数値シミュレーション

図 3 離散時間結晶・準結晶の数値シミュレーション
離散時間結晶(左図)と離散時間準結晶(右図)における、ある二つのサイトでのスピン期待値の時間変化。離散時間結晶では、緩和ダイナミクス後に二つのサイトのスピン運動が同期し、周期外場の3倍の周期を持った振動が観測された。一方、離散時間準結晶では、完全に周期的ではないが準周期的なスピンの振動が得られた。
③社会的意義・今後の予定

アインシュタインの相対性理論以来、時間と空間の類似性は人々を魅了し、物理学においても重要なテーマになってきました。時間結晶の研究には、物質中における時間と空間の類似性の探求という側面があります。本研究成果は、この類似性の理解を一歩前進させるものと言えます。

また本成果は、量子ダイナミクスの解析への応用も可能です。近年、高強度レーザー技術が著しく発展し、レーザー照射による物性制御技術に注目が集まっています。しかし、レーザー中の物質の状態は刻一刻と変化する非平衡状態であり、その物性を理論的に解析またはコンピュータシミュレーションすることは基本的に非常に難しい問題です。今回発見された「フロケ動的対称性」は量子状態のダイナミクスを制約するため、シミュレーションによる膨大な計算をせずに、ダイナミクスの重要な側面を把握することに役立ちます。

本研究グループは、今回の成果を足掛かりとして、解析が非常に困難である周期駆動系の問題を、対称性の観点から統一的に解明する研究を今後一層進展させる予定です。

なお、本研究は、日本学術振興会の科学研究費(課題番号 JP18K13495)の助成を受けたものです。

発表雑誌:

  • 雑誌名:Physical Review Letters(7月29日オンライン版掲載予定)
  • 論文タイトル:Time Crystals Protected by Floquet Dynamical Symmetry in Hubbard Models
  • 著者:Koki Chinzei and Tatsuhiko N. Ikeda

用語解説:

(注1) フロケ系
レーザーなどにより時間周期的に駆動された量子系のこと。解析で用いられる「フロケの定理」が名前の由来である。
(注2) 離散時間結晶・離散時間準結晶
両者とも、フロケ系における離散的な時間並進対称性の破れた状態である。両者は異なる周期性を持っており、離散時間結晶では周期駆動の整数倍の周期を持った振動を示す一方、離散時間準結晶では完全に周期的ではないが任意の精度で周期的と見做せる準周期的な振動を示す。
(注3) 空間(時間)の並進対称性
空間(時間)を微小に並進させても(ずらしても)状態が変わらないこと。原子が空間中を一様に分布する気体とは異なり、原子が一定間隔で配列した固体の状態は、微小にずらすと元の状態と重ならない。このことは、空間の並進対称性が破れていることを意味する。
(注4) 自発的対称性の破れ
ある対称性を持っていた系が、エネルギー的に安定な状態に落ち着くことで、より対称性の低い状態が実現すること。例えば時間結晶は、時間を微小にずらしても物理法則が不変である時間並進対称性が自発的に破れた状態として理解される。
(注5) 動的対称性
伝統的な量子力学における対称性の枠組みには入らないが、系の量子ダイナミクスを特徴付ける重要な性質。動的対称性を持つ系は、長時間後に熱平衡状態へ緩和することなく、連続的な時間並進対称性を破った時間結晶状態となる。
(注6) ハバード模型
スピンを持った複数の粒子が互いに相互作用しながら格子上を動き回る理論模型。固体物理や冷却原子系では、相互作用する量子多体系を記述する標準的な模型である。
(注7) 散逸量子系・孤立量子系
散逸量子系(あるいは開放量子系)とは、外部の環境とエネルギーや粒子のやり取りを行う量子系のこと。一方孤立量子系とは、外部の環境から孤立した理想的な系のこと。
(公開日: 2020年07月27日)