Home >  ニュース > 交換バイアスを用いた反強磁性体の磁気状態の制御に成功 ―超高速・超省電力メモリの開発への大きな一歩―

交換バイアスを用いた反強磁性体の磁気状態の制御に成功 ―超高速・超省電力メモリの開発への大きな一歩―

東京大学大学院理学系研究科の朝倉海寛 大学院生、肥後友也 特任准教授、中辻知 教授らによる研究グループは、次世代の不揮発性メモリ材料として注目されるワイル反強磁性体Mn3Sn(注1)の磁気秩序が交換バイアス(注2)により制御可能であることを発見しました。

アイキャッチ図

交換バイアスによるワイル反強磁性体の磁気秩序制御

情報通信やAI、IoT技術の進歩に伴うデータ通信量の増加に対応するために、シリコンベースの半導体技術を超える、より高速で省電力な情報処理技術の開発が求められています。この要求に応える技術として、電力を消費せずにデータを保持できる不揮発性メモリである磁気抵抗メモリ(MRAM:注3)が期待されており、商業化・実用化が進んでいます。MRAM内では、データを不揮発に記録する役割を担う磁気トンネル接合(MTJ:注4)素子に強磁性体が用いられていますが、この強磁性体を反強磁性体に置き換えることで、動作周波数をGHz帯からTHz帯まで飛躍的に向上させることが可能になります。その為、現在、不揮発性(省電力性)と超高速性を両立するメモリの実現に向け、MRAM向けの反強磁性体の開発が進んでいます。

本研究グループは、トポロジカルな電子状態が重要なワイル反強磁性体Mn3Snを開発し、MRAM応用に必須の機能である不揮発なデータ(磁気状態)の電気的書き込み(2020年及び2022年にNature誌に発表)や読み出し(2023年にNature誌に発表)の実証を通して、Mn3Snが強磁性体の代替に適した反強磁性メモリ材料であることを明らかにしてきました。

本研究では、(i) Mn3Snと異種の磁性体との界面に交換バイアスが現れること、(ii) Mn3Snの磁気状態を交換バイアスを用いて制御可能であることを明らかにしました。交換バイアスは、MTJ素子内の特定の強磁性層の磁気状態を安定化させる手段として、従来のMRAMにおいてもデータの読み書き時のエラー率の低減や熱安定性の向上のために使われています。反強磁性メモリ材料の磁気状態を交換バイアスによって安定化できることを示した本成果は、超高速・超省電力なメモリ実現の上で、書き込み機能や読み出し機能と同様に中心的な役割を果たす技術になることが期待されます。

また、本結果はスパッタ法を用いて熱酸化シリコン基板上に作製した多結晶材料同士の界面において得られており、既存の半導体やMRAMとも親和性の高い製造プロセスの利用が可能です。さらに、観測された交換バイアス自体に脳型計算や多値記録(注5)等の新原理コンピューティングへの応用に繋がる特異な性質も見られ、高速で省電力な情報処理技術の実現に向けた研究の更なる進展が望まれます。

理学系研究科発表のプレスリリース

論文情報

  • 雑誌 : Advanced Materials
  • 題名 : Observation of Omnidirectional Exchange Bias at All-Antiferromagnetic Polycrystalline Heterointerface
  • 著者 : M. Asakura, T. Higo*, T. Matsuo, R. Uesugi, D. Nishio-Hamane, and S. Nakatsuji*
  • DOI : 10.1002/adma.202400301

用語解説

(注1)ワイル反強磁性体Mn3Sn:
電子はスピンと呼ばれる自由度をもっており、物質中の磁性の起源の一つとなっています。物質を構成する原子におけるスピンの配列により磁性体はいくつかに分類されます。一般に磁石として知られている強磁性体ではスピンが同じ向きに揃い大きな磁化の値を示しますが、反強磁性体ではスピン同士が互いを打ち消し合う方向を向き、全体としては磁化がほぼゼロとなります。一般的な反強磁性体では、本研究で用いたピニング層のように、スピンが反平行を向くことで打ち消し合っており、共線型反強磁性体と呼ばれています。一方、ワイル反強磁性体Mn3Snは図6に示すようなスピン構造を持っています。その反強磁性磁気秩序(カイラル反強磁性秩序)は図中の赤色の矢印で表されたクラスター磁気八極子により記述され、これが強磁性体の磁化に類似した対称性を持つことが知られています。このような磁気構造の対称性の違いにより、Mn3Snでは磁気秩序に応じた巨大応答が観測されています。
また、二つの強磁性薄膜の間に非磁性金属層を挟むことで、強磁性体の磁化の間の特殊な結合(層間交換結合)を発生させることができます。非磁性体の膜厚を適切に選ぶことで、二つの強磁性層の磁化が反対向きに結合するようにでき、人工反強磁性体と呼ばれています。
図1

図1:ワイル反強磁性体Mn3Snの結晶構造と磁気構造
Mn3Snはマンガン(Mn)とスズ(Sn)からなる格子面(カゴメ面)が[0001]方向に交互に位置を変えながら積層した構造を持っています。Mn原子上の矢印が磁気スピンの方向を示しており、それらが互いに逆向きを向こうとする性質とMn原子の配置により、スピンが互いに120°を向いた反強磁性秩序を示します。右図中の赤色の矢印は強磁性体における磁化に対応するクラスター磁気八極子を示しており、Mnスピンが作る磁気秩序に応じて向きを変えます。
図2

図2:交換バイアスの発生過程
(a)ピニング層である反強磁性体の磁気転移温度(ネール温度, TN)以上におけるピニング層/強磁性体多層膜の磁気状態。通常強磁性体の応答を示す曲線は磁場に対して中心に位置しています。(b) 反強磁性体の磁気転移温度以下まで磁場を印加しながら冷却した後の磁気状態。印加磁場(冷却磁場)の方位に応じてピニング層の磁気状態が安定化します。(c) 外部磁場に対する応答をほぼ示さないピニング層からの交換バイアスで強磁性体の磁化も反転しづらくなります。この効果は強磁性体の応答曲線のシフトとして観測されます。
(注2)交換バイアス:
図2に示されたように強磁性体と反強磁性体(ピニング層)の接合膜を、反強磁性体の磁気転移温度(ネール温度, TN)以上(図2(a))から磁場を印加しながら転移温度以下(図2(b))まで冷却(磁場中冷却)すると、印加磁場の方位に応じて反強磁性秩序が秩序化します。この秩序化した反強磁性秩序は外部磁場等の擾乱に対してほとんど変化を示さず、非常に安定な状態となっています。強磁性体と反強磁性体の界面付近の磁性元素同士に磁気的な結合が生じていると、反強磁性体は冷却中の強磁性体の磁気秩序を安定化させるような作用を及ぼすため(図2(c))、強磁性層も外部擾乱に対して安定化します(交換バイアス)。この現象は、強磁性体に磁化の向きやすい方位を示す磁気異方性が新たに印加されたと見ることもできます。この効果は強磁性体の磁気状態を示す磁化等のヒステリシス曲線における、冷却中の印加磁場とは逆向きのシフトとして観測されます。
(注3)磁気抵抗メモリ(MRAM):
磁気抵抗メモリ(MRAM)では、磁気秩序の向きが1bitの情報として用いられます。磁気秩序は外部電源なしに保持されるため、電源を切っても情報が失われない省電力な不揮発性メモリとして用いることができます。
(注4)磁気トンネル接合(MTJ)、トンネル磁気抵抗効果(TMR):
絶縁体のトンネル障壁層を二つの磁性層で挟んだ磁気トンネル接合(MTJ)と呼ばれる構造では、二つの磁性層の磁気秩序の向きに応じて磁性層間の抵抗値が変化し、トンネル磁気抵抗効果(TMR)と呼ばれています。磁気状態を抵抗値の高低で読み出すことができるためメモリ技術に活用されています。
(注5)脳型計算、多値記録:
通常のメモリ素子では「0」、「1」の2値で情報の記録を行っていますが、より多くの情報保持能力を持っている場合には多値記録と呼ばれます。これによりアナログ的な情報記録ができる場合は、脳神経を模した計算手法である脳型計算への活用が期待されます。

関連ページ

(公開日: 2024年04月26日)