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次世代磁性材料:反強磁性体の持つ普遍的機能性の実証 ―デバイス形状にとらわれない巨大磁気応答―

東京大学
理化学研究所
科学国際連携研究機構
科学技術振興機構

発表のポイント

  • 次世代磁性材料として世界的に注目が集まる反強磁性体において、試料形状によらず任意の方向に指向可能な巨大磁気応答を観測。
  • 不揮発性磁気メモリ開発へつながる新たな多値記憶機能を実証。
  • デバイス形状の自由度が高く、磁場擾乱(じょうらん)に強い異常ネルンスト熱流センサーを開発。

東京大学大学院理学系研究科 肥後友也 特任准教授(研究当時:東京大学物性研究所 特任助教)、東京大学大学院理学系研究科・新領域創成科学研究科・物性研究所及びトランススケール量子科学国際連携研究機構の中辻 知 教授らの研究グループは、同研究所・同機構 大谷義近 教授 (理化学研究所 創発物性科学研究センター チームリーダー併任)、理化学研究所 創発物性科学研究センター 近藤浩太 上級研究員、米国Johns Hopkins大学 C. L. Chien 教授らの研究グループと共同で、省電力・超高速・超高密度化が求められるビヨンド5G世代の磁気デバイスの中心素材として注目を集めている反強磁性体(注1)であるマンガン化合物Mn3Snにおいて、これまでデバイス作製の際に課題となっていた形状(形状磁気異方性:注2)の影響を受けずに、全方向へ指向可能な巨大磁気応答を得られるという特性を見いだしました。また、この特性を用いて、次世代のメモリ開発に有用な新たな多値記憶機能(注3)の実証や、デバイス形状の自由度が高く、外部磁場擾乱に強い異常ネルンスト(注4)熱流センサーの開発に成功しました。

反強磁性体は (i) スピン(注1)のダイナミクスがTHz帯と強磁性体の場合に比べて2-3桁ほど早い、(ii) 漏れ磁場を作らない、(iii) 材料選択の自由度が高い、という特性を持ちます。そのため、既存の磁気デバイスで用いられている強磁性体(注1)を代替することで、デバイスのさらなる高速・高密度化が期待できます。今回本研究グループが実証した(iv)形状磁気異方性が無視できるほど小さく、デバイス形状の自由度が高い、という特性は、上記 (i)-(iii) の特性と併せて、反強磁性体を用いた次世代の磁気デバイス開発にブレークスルーをもたらすことが期待できます。

本研究成果はドイツ国際科学誌「Advanced Functional Materials」ににおいて、2021年2月25日付けオンライン版に公開されました。

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発表内容:

① 研究の背景

私たちの身の回りでは多くの磁性体が利用されています。その代表的なものとして強磁性体と反強磁性体が知られています。磁石の素材として広く使われている強磁性体は、スピンが一つの方向に揃う性質があり、大きな磁化を持ちます。強磁性体は、電気・熱・光に対して磁化に比例した応答を示します。そのため、応答の大きさや向きが磁化によってコントロールできます。例えば、パソコンやスマートフォンを省電力化する技術として期待されている不揮発性磁気メモリ(MRAM)では、強磁性金属層-非磁性絶縁層-強磁性金属層からなるトンネル磁気抵抗素子が持つ強磁性層の磁化の向きによって変化する電気的応答を「0」と「1」の情報記録単位として用いています。この磁気抵抗素子では、磁化が膜に対して垂直方向に向くことで高密度・省電力化が期待できます。このような特性は磁石や他の強磁性体を用いたデバイスにおいても同様で、磁化が向き易い方向(磁化容易軸)を最適化することでその機能性が大きく向上します。

特定の方向に磁化容易軸を向けるために、結晶構造に由来する結晶磁気異方性(注2)や異種材料界面の効果に由来する界面磁気異方性(注2)を用いた材料や多層膜(界面)構造の設計が行われています。その一方で、強磁性体は棒状であれば長手方向に、薄膜であれば膜に平行方向に磁化がそろうことでエネルギーが低くなる性質を持ちます。磁化容易軸に対する形状の影響は「形状磁気異方性」と呼ばれ、強磁性体の持つ磁化の大きさに比例してその寄与も大きくなります。そのため、巨大な応答が期待される磁化の大きな強磁性体を用いたデバイスでは形状選択の自由度が低くなり、十分な特性を得るために形状・結晶・界面磁気異方性のバランスをよく考える必要がありました。形状磁気異方性の影響を抑える方法としては、隣り合うスピン同士が互いを打ち消しあうために正味の磁化がゼロとなっている反強磁性体の利用が考えられます。しかし、磁化を持たないという反強磁性体の性質は、利点であると同時に強磁性体が示すような電気・熱・光に対する巨大な応答を得ることが困難であるというデバイス応用上の欠点でもありました。そのため、上記アイデアの実験的な検証は行われていませんでした。

② 研究内容と成果

本研究グループは、マンガン(Mn)とスズ(Sn)からなる反強磁性体Mn3Sn(図1aと1b)に着目して研究を行っており、室温においてMn3Snが強磁性体に匹敵するほど大きな異常ホール効果(注5)(Nature527, 212 (2015).)や異常ネルンスト効果 (Nature Phys.誌 13, 1085 (2017).)、磁気光学カー効果(注6) (Nature Photon.誌 12, 73 (2018).) を示すことを発見しました。さらに、Mn3Snはワイル粒子(注7)を持ちワイル磁性状態を示すトポロジカル磁性体であることを世界に先駆けて見いだしました (Nature Mater.誌16, 1090 (2017).)。すなわち、Mn3Snは反強磁性体であるものの、ワイル粒子の作る巨大な仮想磁場(実空間換算で100-1000 テスラ(T)に相当)を運動量空間において持つため、上記の巨大な磁気-電気・熱-電気応答等が現れます(図1c)。面白いことに、この仮想磁場の向きはMn3Snの持つ特徴的な非共線反強磁性スピン構造の持つクラスター磁気八極子(注8)と対応関係にあり、カゴメ格子面内でクラスター磁気八極子の向きを制御することで、仮想磁場とそれに由来した巨大応答を制御できます。より最近では、クラスター磁気八極子の向きを磁場だけでなく電気的に制御する手法を開発しています (Nature580, 608 (2020).)。

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図1 トポロジカル反強磁性体Mn3Snの結晶構造と磁気構造、運動量空間における仮想磁場
(a) Mn3Snは c軸方向に磁性原子のマンガン(Mn、赤と黄の球)からなるカゴメ格子が積層した構造を持ち、420 K(約150 ℃)以下で、Mnのスピンが逆120度構造と呼ばれる反強磁性秩序を示します。(b) 二層のカゴメ格子上のスピンを見ると、六角形で示されているクラスター磁気八極子と呼ばれる6つのスピンからなるユニットが同じ方向にそろっていることがわかります。(c) Mn3Snでは、実空間での反強磁性スピン構造(クラスター磁気八極子)の向きと運動量空間におけるワイル点の対(赤(+)と青(-)の球)、その仮想磁場の向きが対応しています。磁気八極子の向きを変えることで仮想磁場を制御することができます。

本研究では、スパッタリング法を用いて反強磁性体Mn3Snの多結晶薄膜をシリコン基板上に作製し、磁場に対する異常ホール効果の変化を測定しました。磁場の印加方向を膜の面直から面内方向(θとφ方向)へと変化させながら磁場掃引した実験において、多値記憶が可能であることを確認しました(図2aと2b)。異常ホール効果は仮想磁場の面直成分に比例します。そのため、読み出し信号の磁場方向による変化は、磁場方向に磁気八極子と仮想磁場がそろい、面直方向への投影成分が変化していることに対応しています。つまり、本結果は3次元空間の全方向に自在に仮想磁場(磁気八極子と平行)を向けることができる特性を示しています(図2c)。この特性はMn3Snの磁化が非常に小さいために形状磁気異方性の影響を受けないことと、カゴメ格子面内に磁気容易面を持つことに由来しています。また、単結晶(単一グレイン)試料においても、カゴメ格子に平行な2次元面内のみではあるものの、同様の多値記憶が可能であることを実証しました(図2d)。

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図2 Mn3Snにおける異常ホール効果の磁場依存性の測定と多値記憶機能の実証
(a) 異常ホール効果測定の概要図。磁場の角度を膜面直方向からθとφ方向へと変えながら磁場掃引し、y方向に生じるホール電圧(抵抗率)の測定を行いました。(b) Mn3Sn多結晶薄膜試料におけるホール抵抗率の磁場依存性。磁場はθ方向へ変化させていますが、φ方向においても同様の多値記憶機能を確認しました。(c) 多結晶/単結晶試料における磁気八極子(赤矢印)の安定化する方向を示す概要図。Mn3Snのように面内結晶磁気異方性を持つ場合、多結晶化することで全方向への指向性が現れます。(d) Mn3Sn単結晶薄膜試料におけるホール抵抗率の磁場依存性。磁場はθ方向へ変化させています。φ方向では多値記憶機能は確認できませんでした。これは図2c に示すように多結晶試料/単結晶試料では3次元空間/2次元面内に磁気八極子や仮想磁場を向けられることを示しています。

一方で、形状磁気異方性に比べて十分大きな結晶磁気異方性を持つ強磁性体においても、多結晶試料では同様の機構での多値記憶が可能です。しかし、単結晶試料ではその大きな形状磁気異方性のために磁化の向く方向が一方向に制限され、2値の信号しか取れません(図3a)。反強磁性体Mn3Snにおいて見いだした新たな情報記憶手法は、数-数10 nmの単一グレインからなる記憶素子において、「0」と「1」の2つの情報単位だけでなく、3つ、あるいは、それ以上の情報を1つの素子で書き込み・読み出しできる可能性を示しています(図3b)。今後、実際にメモリにおいて求められる素子サイズまで微細化した試料での原理実証が望まれます。

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図3 単一グレインからなる強磁性体と反強磁性体の磁気異方性
(a) 大きな結晶磁気異方性を持つ強磁性体の単結晶/単一グレイン試料において期待される磁化方向と読み出し信号。(b) 反強磁性体Mn3Snの単結晶/単一グレイン試料において期待される磁化方向と読み出し信号。磁化の大きい強磁性体では、磁化を膜面内へ寝せようとする形状磁気異方性に打ち勝つために大きな結晶磁気異方性が必要となります。この場合、強い1軸性の磁気異方性が必要となり、読み出し信号は2値化します。磁化の非常に小さい反強磁性体では、形状磁気異方性の影響がほぼ無視でき、面性の磁気異方性程度の比較的弱い結晶磁気異方性においても、磁化(より正確には磁気八極子や仮想磁場)の向きをそろえることができます。このような場合、多値記憶を行うことが可能となります。

また、形状磁気異方性の影響が小さいという特性は、異常ネルンスト効果を用いた磁気デバイスにおいてもその機能を発揮します。異常ネルンスト効果は磁気的な性質を用いて熱を電気に変換する熱電効果ですが、ゼーベック効果とは異なり熱流と垂直方向に発電できます(図4aと4b)。従来の薄膜関連技術が適用でき、安価に大面積・フレキシブルな熱電デバイス作製が可能という利点から、熱の流れを可視化する熱流センサーへの応用が期待されています。センサーの熱流感度は素子の長さに比例するため、細線構造が要求されます。面直方向に流れる熱流に対して測定する場合には、図4bに示すように磁化(Mn3Snの場合は磁気八極子)を短辺に向けてそろえる必要があります。この磁化方向は形状磁気異方性に反したものであるため、強磁性体を用いた熱流センサーでは、結晶磁気異方性や膜の積層構造を最適化することで実用に足る機能を得ています。

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図4 ゼーベック効果と異常ネルンスト効果を用いた熱電デバイス
(a)ゼーベック効果を用いた3次元ピラー構造を持つ熱電デバイスの概略図。(b)異常ネルンスト効果を用いた2次元サーモパイル構造を持つ熱電デバイスの概略図。ゼーベック効果/ネルンスト効果では、それぞれ熱流に対して並行方向/垂直方向に起電力(電圧)が生じます。そのため、異常ネルンスト効果を用いたデバイスでは、従来の薄膜作製・加工技術を適用でき、大面積化もしくはフレキシブル化が容易です。

一方で、仮想磁場に由来する巨大な異常ネルンスト効果を示すMn3Snでは、形状磁気異方性の影響を受けずに磁気八極子や仮想磁場の向きをそろえることができるため、細線化した試料においてもその熱電特性が非常に簡単に維持できます。Mn3Sn多結晶と電極の細線からなる熱流センサーを作製し(図5a)、異常ネルンスト効果によって生じた電圧の磁場依存性を測定したところ、サブmV程度の大きな信号が ±0.9 T程度の大きな磁場まで反転せずに現れていることを確認しました(図5b)。また、ゼロ磁場におけるネルンスト電圧が熱流に対して線形に比例する特性を示し、熱流センサーとして機能することも確認しました(図5c)。単位面積当たりの熱流感度は1.3 mV/Wと、これまで報告されていた強磁性体を用いた異常ネルンスト熱流センサーや市販の廉価版ゼーベック熱流センサーに匹敵する性能を示す一方で、外部磁場に対する安定性が10-100倍高い(上記の強磁性体を用いたセンサーでは反転磁場が0.01-0.1 T程度)と、反強磁性体の新たな機能を活かした熱流センサーの開発に成功しました。

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図5 反強磁性体Mn3Snを用いた異常ネルンスト熱電デバイスにおける熱流センシング
(a) Mn3Snと電極からなる異常ネルンスト熱流センサーの概要図と光学顕微鏡による観察像。測定ではセンサーの面直(-z)方向に熱流、面内(y)方向に磁場を印加し、異常ネルンスト効果によって生じる電圧を測定しています。(b) 印加する熱流を変えた際にMn3Sn異常ネルンスト熱流センサーにおいて生じる電圧の磁場依存性。(c) Mn3Sn異常ネルンスト熱流センサーにおいてゼロ磁場で生じる電圧の熱流依存性。ネルンスト電圧は熱流に比例しており、センサーとして機能していることがわかります。
③ 今後の展望

反強磁性体は、 (i) スピンダイナミクスがTHz帯と強磁性体の場合に比べて2-3桁ほど早く、デバイスの超高速化が期待できる、(ii) 漏れ磁場を作らず、デバイスの高密度化に適している、(iii) 転移温度が室温以上の物質が金属・絶縁体・半導体を問わず得られ材料選択の自由度が高いといった特徴から、省電力・超高速駆動・超高密度化が求められるビヨンド5G世代の磁気デバイスの中心素材として近年注目を集めています。今回、本研究グループは反強磁性体を応用する上で課題となっていた情報(巨大な電気信号)の読み出しが可能な反強磁性体Mn3Snを用いて、(iv) 形状磁気異方性が無視できるほど小さく、デバイス形状の自由度が高い、という新たな反強磁性体の機能を実証しました。

この特性によってもたらされる、単一グレインの記憶素子における多値記憶機能は、脳神経を模擬した脳型計算機や量子コンピュータの実現へつながる技術であり、すでに知られていた高密度化・超高速化が可能といった反強磁性体の利点 (i)-(iii)と併せて、次世代のスピントロニクスデバイスの開発にブレークスルーをもたらします。また、磁性材料の細線構造が重要となる異常ネルンスト熱流センサーにおいても、デバイス形状の自由度が高く外部磁場擾乱に強いセンサーの作製が可能となり、既存のゼーベック熱流センサーを性能・コスト面で大きく上回る異常ネルンスト熱流センサーの開発が期待できます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域 (研究総括:上田正仁)における研究課題「電子構造のトポロジーを利用した機能性磁性材料の開発とデバイス創成」課題番号 JPMJCR18T3 (研究代表者:中辻知)、同CREST「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」研究領域(研究総括:谷口研二、研究副総括:秋永広幸)における研究課題「トポロジカルな電子構造を利用した革新的エネルギーハーヴェスティングの基盤技術創製」課題番号 JPMJCR15Q5(研究代表者:中辻 知)、文部科学省 科学研究費補助金 新学術領域「J- Physics:多極子伝導系の物理」課題番号 15H05882 (研究代表:播磨 尚朝)における研究計画班「A01: 局在多極子と伝導電子の相関効果」課題番号 15H05883 (研究代表者:中辻 知)、科研費(No.16H06345, 強相関物質設計と機能開拓 -非平衡系・非周期系への挑戦-)、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「NEDO先導研究プログラム/エネルギー・環境新技術先導研究プログラム/ワイル磁性体を用いた熱発電デバイスの研究開発」の一環として行われました。

発表雑誌:

用語解説:

(注1)反強磁性体・スピン・強磁性体
磁性体は「スピン」と呼ばれる電子の自転運動に起因した微小な磁石を有する物質です。この磁性体は巨視的な数のスピンが何らかのパターンで整列する磁気秩序を示し、(1) スピンが一様な方向にそろうことで磁石のように大きな磁化を示す強磁性体、(2) 隣り合うスピンが反平行や互いを打ち消しあうように配列することで正味の磁化がゼロもしくは非常に小さくなっている反強磁性体に分類されます。
(注2)形状磁気異方性・結晶磁気異方性・界面磁気異方性
磁性体は磁気異方性を持ち、磁化(磁石のN極とS極)が向きやすい方向(磁化容易軸)と向きにくい方向(磁化困難軸)が存在します。磁気異方性の起源としては、例えば、(1) 磁性体の結晶構造や原子配列等に起源を持つ結晶磁気異方性、(2) 異種材料からなる界面に由来して磁化を界面に対して垂直に安定化させようとする界面磁気異方性、(3) 試料の形状に依存する反磁場によって生じる形状磁気異方性が知られています。反磁場は磁化の大きさに比例するため、磁化を持つ磁性体であれば形状磁気異方性は必ず存在します。棒状試料では長手方向、薄膜試料では面内方向が形状磁気異方性にとっての磁化容易軸(面)となります。その一方で、棒状試料の短手方向、薄膜試料では面直方向が磁化困難軸となります。
(注3)多値記憶機能
一般的なメモリ素子では読み出し信号の高低を用いて「0」と「1」に対応する2値の信号を記憶しています。信号のしきい値を複数設定して「0」と「1」の2値だけでなく、3値、あるいは、それ以上の情報を1つの素子で記憶できる機能を多値記憶機能といいます。例えば、4値にすれば2bit、8値にすれば3bitの情報が記憶できるようになり、メモリの大容量化等を可能とする機能として期待されています。
(注4)異常ネルンスト効果
電気を流すことが可能な物質において、磁場・温度勾配と垂直方向に起電力が生じる現象をネルンスト効果と呼びます。磁場と温度勾配を互いに垂直となるように加えることで、高温側から低温側へ向かう電子の流れが磁場により曲げられることが原因です。自発的に磁化を持つ強磁性体や仮想磁場を持つ特殊な反強磁性体ではゼロ磁場でもネルンスト効果が現れ、これを異常ネルンスト効果と呼びます。この場合、磁場の代わりに磁化や仮想磁場を温度勾配と垂直に向けることで起電力が得られます。異常ネルンスト効果を用いると、外部から磁場を印加する必要がないため、温度差のみで発電や熱流のセンシングが可能でエナジーハーヴェスティングの観点からも注目を集めています。
(注5)異常ホール効果
電気を流すことが可能な物質において、磁場・電流と垂直方向に起電力が生じる現象をホール 効果と呼びます。互いに垂直に磁場と電流を与えた際に、電流として流れている電子の運動方向 が磁場により曲げられることが原因です。自発的に磁化を持つ強磁性体や仮想磁場(波数空間に 存在する有効磁場で、電子構造のトポロジーに起因する新しい物理概念)を持つ特殊な反強磁性 体やスピン液体では、外部から磁場を与えなくてもホール効果が生じます。この効果を異常ホー ル効果と呼びます。
(注6)磁気光学カー効果
磁性体に直線偏光した光を入射した際に、磁化の向きに応じて反射光の偏光面が回転する現象 を磁気光学カー効果といいます。また、透過光の偏光面が回転する現象を磁気光学ファラデー効 果といいます。一般に、反射光を用いるカー効果では鏡のように光を反射する磁性金属で、透過 光を用いるファラデー効果ではガラスのように光を透過する磁性絶縁体において盛んに研究が 行われています。これらの線形磁気光学効果は、光磁気ディスクや光アイソレータといった身近 で利用される磁気光学素子の原理として用いられています。
(注7)ワイル粒子
1921年にヘルマン・ワイルが提唱したワイル方程式に従って記述される質量ゼロの粒子(ワイル粒子)を持つ物質はワイル半金属と呼ばれています。ニュートリノを記述する粒子として世界的に研究が進めらてスーパーカミオカンデでの実験でニュートリノが微小な質量を持つことがわかり、ワイル粒子は自然界に存在しない幻の粒子と思われていました。ワイル半金属においてワイル点は異なるカイラリティ(右巻き・左巻きの自由度)を持つ対となって発生し、このワイル点の対は運動量空間における磁石のN極とS極に相当します。通常のワイル半金属では物質の結晶構造に由来してワイル点が創出されます。一方で磁性により創出されるワイル点を持つ磁性体をワイル磁性体(より広義にはトポロジカル磁性体)といいます。ワイル磁性体では磁場等の外場によって磁気秩序を制御することで、ワイル点とそれに付随した仮想磁場の制御が可能であり、応用の観点からも魅力的な性質が見つかっています。ワイル点間に生じる仮想磁場は100-1000 テスラ(T)の外部磁場に相当するほど大きく、巨大な異常ホール効果等の起源となっています。
(注8)クラスター磁気八極子
磁石はN極とS極の2つの極を持っていますが、磁性体の各格子点に配置されたスピンも2つの極を持ち、これは磁気双極子とも呼ばれています。複数の格子点に配置されたスピンで1つのユニットを考えた際に作られる特徴的なスピンの組み合わせをクラスター磁気多極子といい、構成するスピンの数が1、2、3つと増えるにつれて、磁気双極子、四極子、八極子というようにその組み合わせの名前が変わります。反強磁性体Mn3Snのスピン構造では、2つのカゴメ格子上に配置された6つのスピンでユニットを考えられ、図1bに示すようにクラスター磁気八極子を持っていると考えることができます。このクラスター多極子は、例えばMn3Snではワイル点や仮想磁場の向きを制御するパラメータとして機能し、磁化の総和がゼロとなる組み合わせにおいても、強磁性体で見られるような巨大応答を示します。
(公開日: 2021年02月25日)