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第37回極限コヒーレント光科学セミナー「シリコン半導体単結晶における高速光歪効果の観測」

日程 : 2016年5月23日(月) 15:00 - 16:00 場所 : 物性研究所本館6階 第一会議室 (A636) 講師 : 田中 義人先生 所属 : 兵庫県立大学大学院 物質理学研究科 世話人 : 松田巌 (63402)
e-mail: imatsuda@issp.u-tokyo.ac.jp
講演言語 : 日本語

物質に光を照射することにより、非熱的過程で試料サイズが変化する現象は、光歪 (photostriction)と呼ばれている[1]。光歪現象は、大きく分けて、強誘電体、極性半導体、非極性半導体、有機材料で見られる。有機高分子材料では、光反応で分子の形状変化が起こり、体積変化が生じる。また、強誘電体や極性半導体では、光励起により内部電場が変化し、逆圧電効果により歪みが生じる。一方、非極性半導体では、直接的に過剰キャリアに起因して歪むと言われている。我々は、特にこの非極性半導体で起こるとされる光誘起歪みダイナミクスに注目し、その光励起条件依存性を調べている。短パルス光励起における過剰キャリア生成と歪みの関係を調べ、光歪効果における電子-格子間エネルギー移行を明らかにすることを目的としている。
結晶試料における格子の過渡的な歪みは、高輝度放射光X線光源を用いることにより、高精度かつ高時間分解能でX線回折測定により観測することができるようになった [2]。さらにX線自由電子レーザーが開発されたことで、大強度のフェムト秒パルスX線が得られるようになり、過渡的なフェムト秒現象にも迫れるようになった[3]。我々は、これまでに、厚さ約1 mmの半導体ウェハー上に波長800 nmのレーザーを照射することによって発生させた高速歪みを観測し、その初期歪みは、GaAsウェハーの場合では膨脹、Siウェハーの場合では収縮であることがわかった[4]。GaAsウェハーについては、表面近傍での初期歪みの時間応答200 ps程度の振る舞いについて詳細に観測し、表面法線方向に音響フォノンが発生している様子も確認できた[5]。Siウェハーにおいては、最初の約1 nsで格子の圧縮がおこり、それが熱膨張へと変わっていく様子をとらえた。一方、これらの過渡歪みの計測では、試料がレーザーで励起される深さ方向の領域、および、X線で観測される深さ方向の領域の関係によりその歪みの時間的振る舞いに差異が生じることもわかった。そのため、X線の浸入長が変わる光学配置を適用したり、レーザーの波長を変えたりすることにより、様々な時間依存性が観測された。
そこで、励起・観測領域を一定にするために、薄膜単結晶試料を用いた。図1は、厚さ100 nmのSOI(Silicon on Insulator)に対して、励起レーザーの波長を変えて測定した例である。波長400 nmのレーザーで励起したときには膨張が、波長800 nmの場合には、圧縮後膨張が観測されていることがわかる。これは、非極性半導体における光歪効果と、フォノン発生に伴う格子膨張の競合の結果現れている振る舞いと推察されるが、現在議論中である。
この光歪現象は、半導体中の過剰キャリアの励起状態と密接に関わっているため、観測されている歪みに対する、電子状態の時間的振る舞いを知ることがたいへん重要である。セミナーでは、これらの対応を調べる手法についても議論したい。

[1] B. Kundys, Appl. Phys. Rev. 2, 011301 (2015).
[2] Y. Tanaka, Frontiers in Optical Methods: Nano-characterization and coherent control, Springer,pp. 85-103 (2013).
[3] Y. Tanaka et al., J. Ceramic. Soc. Jpn. 121, 283 (2013). 
[4] Y. Hayashi et al., Phys. Rev. Lett., 96, 115505 (2006).
[5] Y. Tanaka et al., J. Phys. Conf. Ser., 278, 012018 (2011).


図1:薄膜単結晶(SOI)における、波長(a) 400 nmおよび(b) 800 nmでの光励起による格子歪みの時間変化。縦軸は格子定数の変化率である。


(公開日: 2016年05月16日)