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ランタノイドの価数転移における局在電子の振る舞いを 10兆分の1秒の時間スケールで直接観測 〜光励起で駆動する磁気スイッチング実現への鍵〜

ポイント

  • ランタノイド元素であるEu(ユーロピウム)を含む金属間化合物に対して、X線自由電子レーザーを用いたX線吸収測定を行い、光照射によってEuが持つ局在電子が瞬間的(10兆分の1秒以下)に遍歴/局在する非平衡現象を、直接観測することに成功した。
  • 光励起強度の上昇に伴い、大きな全角運動量をもつ局在電子の励起状態が実現することを初めて明らかにした。
  • 本研究からランタノイド元素が有する局在電子の光照射ダイナミクスが明らかになり、光照射で駆動する磁気スイッチングを実現するための電子構造的な指針を示すものとなる。

東京大学物性研究所の山神光平(やまがみ こうへい)特任研究員(研究当時、現在:高輝度光科学研究センター テニュアトラック研究員)と兵庫県立大学 和達大樹 教授らの研究グループは、九州大学大学院の光田暁弘 准教授と和田裕文 教授、大阪公立大学の魚住孝幸 教授と三村功次郎 教授、そして、韓国とスイスの研究グループも加わった国際研究チームにより、X線自由電子レーザー(XFEL:注1)を提供する韓国のXFEL施設PAL-XFELにおいて、価数転移を示すランタノイド元素:Eu(ユーロピウム)を含む金属間化合物:EuNi2(Si0.21Ge0.79)2を用いて、フェムト秒(注2)の時間分解能を持つ時間分解軟X線吸収分光測定(Tr-XAS:注3)に成功しました。

EuNi2(Si0.21Ge0.79)2は、Euイオンが2価(Eu2+)と3価(Eu3+)の間で価数転移を示すことが知られています。軟X線を用いた吸収分光測定によって、Euイオンが持つ局在電子(注4)の光励起ダイナミクスを選択的に捉えることで、価数転移を引き起こす局在電子の準安定状態を明らかにしました。本研究では、光励起強度依存性を調べることで、世界で初めてEu3+イオンに大きな全角運動量(注5)をもつ局在電子状態が1ピコ秒(=1000フェムト秒)の超高速な時間スケールにて、実現していることを見出しました。局在電子はネオジウム磁石を代表とする高性能な磁性材料を実現する上で重要な電子であり、光励起によって磁気スイッチング(注6)を示す現象が注目を集めています。本成果により、光励起で駆動する価数転移現象の理解に加えて、光励起磁気スイッチングを実現する鍵として、大きな全角運動量を持つ局在電子の存在を示しました。

この研究成果は4月29日、米国科学誌「Physical Review Research」オンライン版に掲載されました。

アイキャッチ図

(a) 価数転移を示すランタノイド化合物が持つ電子構造。局在電子バンド幅は狭く、占有電子のエネルギーは限定的である。一方、遍歴バンド幅は広く、占有電子のエネルギーは広汎的である。(b) 様々な外場で起こる、Euイオン間の価数転移の様子。Eu2+イオンは局在電子(4f電子)を7個持ち、全角運動量が有限の基底状態を持つ。一方、Eu3+イオンは局在電子を6個持ち、全角運動量がゼロの基底状態を持つ。

論文情報

  • 雑誌 : Physical Review Research
  • 題名 : 4f electron temperature driven ultrafast electron localization
  • 著者 : Kohei Yamagami, Hiroki Ueda, Urs Staub, Yujun Zhang, Kohei Yamamoto, Sang Han Park, Soonnam Kwon, Akihiro Mitsuda, Hirofumi Wada, Takayuki Uozumi, Kojiro Mimura, and Hiroki Wadati
  • DOI : 10.1103/PhysRevResearch.6.023099

用語解説

(注1)X線自由電子レーザー :
X線の位相を揃えることでより強力でパルス幅の狭いX線のレーザーが得られる。韓国のPAL−XFELは100フェムト秒の軟X線自由電子レーザーを生成することができるSSSビームラインを稼働させている。
(注2)フェムト秒 :
1フェムト秒は1000兆分の1秒である。
(注3)X線吸収分光、時間分解軟X線吸収分光 :
X線吸収分光は物質に固有のエネルギーを照射することで、内殻準位に占有していた電子が伝導体の非占有状態へ励起される様子を吸光度として検出する実験手法である。内殻準位は元素ごとに一意に決まっているため、観測された吸収スペクトルは元素選択性と軌道選択性を併せ持つ。物質にレーザーを照射して現象を起こさせた直後に、軟X線を照射しX線吸収分光測定を行う実験手法が時間分解軟X線吸収分光である。本研究では、PAL−XFELが提供するパルス幅が約100フェムト秒の軟X線パルスレーザーとパルス幅が約50フェムト秒である800ナノメートルの可視光パルスレーザーを用いることにより、短い時間スケールでの光励起による局在電子状態の様子を調べることが可能になった。
(注4)局在電子、遍歴電子 :
局在電子は原子核周辺に束縛されている電子を指し、遍歴電子は物質内を動き回れる電子を指す。特に、局在電子は大きな磁気モーメントを持ち、磁性体の創成およびその起源解明において重要な電子である。
(注5)全角運動量 :
電子が持つ軌道とスピンの角運動量を合わせた運動量。エネルギー的に最安定な局在電子配置(基底状態と呼ぶ)の場合、Eu2+イオンは局在電子(4f電子)を7個持ち、その軌道, スピン角運動量は0, 7/2であるため、全角運動量は7/2である。一方、Eu3+イオンは局在電子をそれぞれ6個持ち、その軌道, スピン角運動量は−3, 3であるため、全角運動量は0である。
(注6)磁気スイッチング :
外場の存在に反応して磁性状態の変化をオンまたはオフの状態として識別し、制御するスイッチのこと。特に光を用いて磁性状態を変化させることを、光励起磁気スイッチングと定義している。

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