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磁場で動く低温用形状記憶合金を開発 – 磁歪材料やアクチュエーターのエネルギーロスを約1/100に! –

国立大学法人 東北大学
国立大学法人 東京大学
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)

発表のポイント

  • 磁場で駆動可能な新規パラジウム(Pd)系形状記憶合金の開発に成功しました。
  • 従来のものに比べ、エネルギーロスが約1/100に抑えました。。
  • 100 K近傍の低温において、希土類磁歪(じわい)(注1)材料に匹敵する2500 ppm(注2)以上の巨大磁歪を実現しました。
  • 水素社会の実現に必要な低温用アクチュエータや磁歪材料への応用も期待されます。

概要

形状記憶合金は、変形後、加熱によって元の形に戻る特性を生かし、センサーやアクチュエータに応用されています。一部の形状記憶合金は磁場にも応答して形状記憶効果が現れるため、温度駆動より高速に動作することで注目を集めています。

これらの合金は、動作に伴い大きなエネルギーロスが生じますが、東北大学博士後期課程の伊東達矢氏(研究当時)、許皛助教らの研究グループは、東京大学との共同研究により、このエネルギーロスを約1/100に低減させた新規Pd系合金の開発に成功しました(図1(a))。

さらに、本Pd系合金は、低温において希土類磁歪材料に匹敵する2500 ppm以上の巨大磁歪を示し、極低温環境で駆動可能なアクチュエータへの応用により水素社会への貢献も期待されます(図1(b))。

本成果は、日本時間の2023年6月13日にドイツ科学誌Advanced Scienceに掲載されました(2023/6/13「日本時間の」を追記)。

全文PDF

fig1

図1 (a) 開発したPd系形状記憶合金と従来合金との磁場駆動でのエネルギーロスの比較。本合金では動作に伴うエネルギーロスが約1/100に抑えられた。(b) 本Pd系単結晶合金における低温の磁歪特性。100 K近傍の低温において、希土類磁歪材料に匹敵する2500 ppm以上の巨大磁歪を実現した。

研究の背景

形状記憶合金は、変形してもある温度に加熱されることで元の形に戻る特性「形状記憶効果」が発現します。この過程で形状記憶合金は最大15%以上も形状を変化させ、力も出力することから、センサーやアクチュエーターに応用されています。しかし温度変化による形状記憶効果は熱の伝わりが遅いために応答にも遅れが生じ、動作周波数が数Hz以下になるといった欠点があります。本研究グループは、2006年に世界に先駆けて磁場で形状記憶効果が得られるニッケル・コバルト・マンガン・インジウム(NiCoMnIn)系形状記憶合金を開発し、温度駆動よりはるかに高速な100 Hzを超える動作周波数を実現しました[1]

しかし、これらの合金は形状記憶効果の過程で大きなエネルギーロスが生じます。室温付近でも約10 J/molですが、温度が下がるにつれてこのエネルギーロスが20 J/mol以上へとさらに大きくなります。ニッケル・チタン(NiTi)系など、一部の合金系では0.3〜1.0 J/molと、極めて小さいエネルギーロスが実現されていますが、これらの合金は磁場に応答しません。すなわち磁場に応答し、エネルギーロスも小さい形状記憶合金はこれまでに存在しませんでした。

今回の取り組み

今回研究グループは、パラジウム・マンガン・ガリウム(Pd2MnGa)合金を新たに開発しました。本合金は図2のように、磁場に応答して相変態(注3)が生じますが、磁場の励磁・消磁過程(磁場の強さを強くする過程と弱くする過程)でのエネルギーロスにあたる面積が極めて小さいことが分かりました。本合金におけるエネルギーロスは110〜120 Kの温度範囲において、図1(a)のように最小で0.3 J/mol以下と、従来合金の約1/100に削減されていることから、省エネルギーな磁場駆動型形状記憶合金であると言えます。

fig2

図2 本Pd2MnGa形状記憶合金および従来合金の磁場誘起相変態の挙動。図中、右上向き矢印は励磁、左下向き矢印は消磁過程を示す。Oe(エルステッド)は磁界の強さ。

さらに東京大学と共同で、パルス強磁場を用いて水素およびヘリウムの沸点(もしくは液化温度)(注4)までの極低温におけるエネルギーロスを詳しく調査しました。その結果、図3のように、本合金は極低温においてエネルギーロスが大きくなる傾向があるものの、値自体は従来合金より極めて小さいことが判明しました。

fig3

図3 パルス強磁場(注5)を用いて調査した本Pd2MnGaの各温度におけるエネルギーロスおよび従来合金との比較。

今後の展開

本合金は図1(b)に示すように、低温で2500 ppmを超える巨大磁歪を示しており、これは実用材料である希土類磁歪材料Terfenol-Dに匹敵する大きさです。水素社会の実現には液体水素の運搬や制御など、100 K以下の極低温領域におけるアクチュエータや磁歪材料の技術が必要不可欠ですが、今後、本合金のさらなる高性能化によってこれらへの応用が期待されます。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業(JPMJFR203B)の支援のもとで行われました。

発表論文

  • タイトル:Pd2MnGa metamagnetic shape memory alloy with small energy loss
  • 著者:Tatsuya Ito, Xiao Xu*, Atsushi Miyake, Yuto Kinoshita, Makoto Nagasako, Kohki Takahashi, Toshihiro Omori, Masashi Tokunaga, Ryosuke Kainuma
    *責任著者:東北大学大学院工学研究科 助教 許皛
  • 掲載誌:Advanced Science
  • DOI:10.1002/advs.202207779

用語説明

注1.磁歪(じわい):
磁場を加えたときに物質の形状が変化する現象。純Niや純Coでは40〜60 ppm程度の小さい磁歪を示すが、Fe-Ga合金(Galfenol)では200 ppm以上、Tb-Dy-Fe合金(Terfenol-D)では1000 ppm以上の巨大磁歪を示し、実用化されている。
注2.ppm:
パーツ・パー・ミリオン。百万分の一。2500 ppmは0.25%である。
注3.相変態:
気体、液体、固体間の変化の様に、物質の相(原子の配列構造や状態)が変化すること。
注4.水素およびヘリウムの沸点(もしくは液化温度):
水素ガスが液体になる温度は約20.3 Kである。一方、ヘリウムガスが液体になる温度は約4.2 Kである。
注5.パルス強磁場:
磁場を発生させる手段として、電磁石などに電流を流すことで定常的な磁場を発生させる手法が一般的である。一方、コイルに瞬間的に電流を流すことで発生する強い磁場のことをパルス強磁場と呼ぶ。

参考文献

  1. Kainuma, R., Imano, Y., Ito, W., Sutou, Y., Morito, H., Okamoto, S., Kitakami, O., Oikawa, K., Fujita, A., Kanomata, T. & Ishida, K. Magnetic-field-induced shape recovery by reverse phase transformation. Nature 439 (2006) 957–960.
    2006年2月23日 東北大学プレスリリース:金属フロンティア工学専攻の貝沼助教授等の研究グループは、磁場で大きな力を発生する新型磁性形状記憶材料を開発しました

各機関の役割

  • 東北大学大学院工学研究科:研究企画立案、試料作製および物性評価、総括
  • 東北大学金属材料研究所:走査透過電子顕微鏡(STEM)および高磁場中X線回折(HFXRD)による結晶構造の同定
  • 東京大学物性研究所 :パルス強磁場中磁化測定および組織観察
(公開日: 2023年06月13日)