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Seminar
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高分子ブラシの隙間で氷のようにつながった常温の水

2017年5月29日

【本成果のポイント】

  • 高分子電解質ブラシの隙間に入り込んだ水は、常温でありながらほぼ氷のように繋がっていることを水の電子状態観測により解明

  • 氷様の水の存在は、防汚性や潤滑性などと密接に相関している可能性がある

【概要】

東京大学物性研究所の原田慈久准教授、山添康介大学院生、九州大学の高原淳教授、檜垣勇次助教、犬塚仁浩大学院生らのグループは、大型放射光施設SPring-8※1東京大学放射光アウトステーションビームラインBL07LSU※2を用いて、高分子電解質※3ブラシ中に存在する水が氷に似たネットワークを持つことを見出しました。

図1 中心の水分子が作る水素結合の模式図
図1 中心の水分子が作る水素結合の模式図
酸素は負に、水素は正に帯電しているので、水分子同士が静電力により弱く結合して、ネットワーク構造をつくる。

固体基板上に高密度に固定化された高分子電解質は高分子電解質ブラシと呼ばれ、水中において固体に良好な潤滑性や防汚性を付与できるため、新たな表面高機能化材料として近年注目されています。この優れた機能性は、高分子電解質ブラシが超親水性※4と呼ばれる極めて水になじむ性質によって発現すると考えられています。水分子(H2O)は酸素原子(O)と二つの水素原子(H)で構成されていて、図1に示すように1分子あたり合計4つの水素結合※5を形成することができます(水のネットワーク)。超親水性は、高分子電解質ブラシに取り込まれた水のネットワークが、ブラシ表面の水のネットワークと滑らかにつながることによって発揮すると考えられています。しかし、高分子電解質ブラシ中の水がどのようにネットワークを形成しているのか、その詳細は分かっておらず、材料設計の指針を立てることができません。そこで本研究グループは、この高分子電解質ブラシ中の水の水素結合構造を解析するために、軟X線吸収・発光分光※6を用いて結合に関与する電子の状態を直接観測しました。その結果、高分子電解質ブラシ中の水は、室温でありながら氷のようにほぼすべて水素結合でつながれており、氷よりは歪んだ水素結合構造を持っていることがわかりました。この氷様の水はブラシ表面の水と異なるネットワークを持つため、超親水性を阻害する方向に働くものと考えられます。本研究は、高機能性表面を持つ高分子電解質ブラシ材料の開発に役立つのみならず、生体適合性材料や細胞中の水のように、界面やナノ空間の水が発現する機能を解明する上でも役立つ成果として期待されます。

本研究成果は、米国化学会(ACS)の「Langmuir」誌に、4月26日に出版されました。

論文情報

掲載誌:ラングミュア(Langmuir
論文タイトル:” Enhancement of the hydrogen-bonding network of water confined in a polyelectrolyte brush”
著者:Kosuke Yamazoe, Yuji Higaki, Yoshihiro Inutsuka, Jun Miyawaki, Yitao Cui, Atsushi Takahara, and Yoshihisa Harada
DOI: 10.1021/acs.langmuir.7b00243


【研究の背景】

水は日常生活に欠かせないほど重要であるだけではなく、地球上の生物が生きていく上で欠くことのできない物質です。室温で液体であることや、氷が水に浮くことが示すように、固体で液体より密度が小さくなることは、水に特徴的な性質です。このような特性の起源は、隣接する水分子同士が、それぞれの電荷の偏り(分極)を介して弱く手を結ぶ水素結合と呼ばれる力により形成されるネットワーク構造(図1)にあると考えられています。

他方、新たな表面高機能化材料として近年注目を集める高分子電解質ブラシは、その超親水的性質から水中において固体に良好な潤滑性や防汚性を付与することができます。高分子電解質ブラシ中に存在する水は通常の水(ここではバルク水と呼びます)と異なる水素結合構造を形成することが赤外分光などによって示唆されています。本研究では、バルク水と高分子電解質ブラシ中の水の水素結合にどのような違いがあるか調べるために、軟X線吸収・発光分光測定を行いました。

【研究の成果】

軟X線吸収・発光分光は、水素結合に直接関与する電子の状態を調べることができるため、氷の結合からの歪みの大きさ(結合がどれくらい秩序だっているか)など、他の手法では得られない独自の情報が得られます。これまでに理研と東大の研究グループは、軟X線発光分光の結果から、液体の水の中に水素結合に違いのある2 種類の構造(「歪んだ水素結合構造」と「氷によく似た秩序構造」)が存在するというモデルを提唱しています(2008年理研発表のプレスリリース2009年理研発表のプレスリリース)。

今回測定した高分子電解質ブラシ中の水を見ると、図2に示すように、液体の水のスペクトルで観察される、大きく歪んだ水素結合環境を示す1b1”と呼ばれるピークがほぼ観測されておらず、氷によく似た秩序構造を示す 1b’と呼ばれるピークのみが観測されていることから、水分子同士がすべて水素結合でつながれていると考えられます。さらに3a1と呼ばれるピークに着目すると、結晶氷(青)のように水分子が正四面体配位で秩序だって結合すると光学的に遷移できなくなり消えてしまいますが、バルク水(緑)では歪みの影響で光学的に遷移できるようになり、さらに様々な配位環境を反映してエネルギー位置が分散するためになだらかな構造となります。それに対して、高分子電解質ブラシ中の水(赤)では3a1ピークが非常に強く出ています。これは水素結合で水分子全体がネットワークを作りながら、”ある一定の歪み”を持った環境で3a1ピークが活性になっていると解釈することができます。このように歪んだ氷様の水は、ブラシ表面に付着する水とは異なるネットワークを持つと考えられるため、超親水性を低下させるものと考えられます。実際、今回測定した電解質ポリマーは、潤滑性や防汚性などの機能性を持ちながら、完全な超親水性ではないことが知られています。

図2  高分子電解質ブラシ中の水の酸素 1s 発光スペクトル
図2  高分子電解質ブラシ中の水の酸素 1s 発光スペクトル

【今後の展開】

本研究によって、室温環境下で歪んだ氷様の水の状態が高分子電解質ブラシの中に存在することが初めて電子状態レベルで明らかとなりましたが、この歪みの程度は今後の計算を待たなければなりません。また、このような特徴的な構造を作りだす原因の解明は今後の課題です。

今回明らかとなった、高分子電解質ブラシ中の水は、ナノ領域に閉じ込められたことによる現象とも言えます。ナノ領域に閉じ込められた水の性質は、生体細胞内の機能を議論する上でも、注目が集まっています。

水は、私たち人間を含む生物、非生物を問わず、さまざまな物質の中で溶媒、溶質として働いています。それら様々に異なる環境下において、水素結合を介した水のネットワーク構造の正しいモデルを得ることによって、水を含むあらゆる物質の集合における水の役割を理解するきっかけが掴めると期待されます。


【用語解説】

※1 大型放射光施設SPring-8
SPring-8は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

※2東京大学放射光アウトステーションビームラインBL07LSU
2006 年 5月に総長直轄の組織として発足した放射光連携研究機構物質科学部門がSPring-8の長直線部に所有する世界最高水準の軟X線アンジュレータビームライン。3つの常設の先端分光実験ステーションとユーザーが任意に装置を持ち込める1つのフリーポートを有し、2009 年10月から共同利用を開始している。

※3 高分子電解質
高分子鎖中に解離基を含み、水などの極性溶媒中で低分子が解離、イオン化して高分子イオンとなるもの、またはその総称を言う。

※4 超親水性
物質が水との間に水素結合による弱い結合を作って溶けたり混ざったりする性質を親水性と呼び、特に表面と水の接触する場所において、お互いの表面の成す角度(接触角)が10度以下となるほどよくなじむ状態のことを超親水性と呼ぶ。

※5 水素結合
弱い陽性の電荷をもつ水素原子を介して、陰性の電荷をもつ原子(酸素、窒素など)間に作られる弱い結合。水素結合を介して分子同士が弱くつながる。

※6 軟X線吸収・発光分光
物質中の電子の状態分布を調べる手法のひとつ。物質を形作る原子はそれぞれ固有のエネルギーで束縛された内殻電子を持っている。それら内殻電子を、軟X線を使って電子の埋まっていない価電子帯へ遷移する過程を軟X線吸収と呼び、逆に価電子が内殻に遷移する過程で生じる軟X線は軟X線発光と呼ばれる。軟X線吸収・発光分光はこれらのエネルギースペクトルを取得する方法であり、物質の電子構造や化学状態に関する情報を得ることができる。


関連サイト

(公開日: 2017年05月29日)