第1期(昭和32年〜昭和55年)

 量子論に基づいた物質の物理的・化学的性質に関する学問が日本でも昭和初期に盛んになり、戦時中という状況下でも物性論研究が意欲的に進められていた。しかし、終戦後の経済全般の荒廃の中で、研究機関の窮状は甚だしく、世界的水準には遠く及ばないものであった。昭和24年の湯川秀樹博士のノーベル賞受賞を契機として、科学技術発展への機運が高まり、研究者が共同で利用できる研究所設立の動きが起こり、学術会議から国に対して勧告が出された。それを受けて、昭和28年京都大学基礎物理研究所設立、昭和30年東京大学原子核研究所設立、昭和32年東京大学物性研究所設立、となった。初代研究所長として、物性研究所は設立準備段階から関わった茅誠司を迎えた (後東京大学総長)。物性科学の基礎研究者ばかりでなく、工業界からの期待も背負って、物性科学研究の世界的水準への引き上げと同時に、全国共同利用研究所として日本中の研究者への研究環境の提供という大きな目的を課せられた。

 当初の20部門(後22部門)*には物理・化学・工学の研究者がその分野を越えて集められ、大型計算機室やヘリウム液化室を含む10実験室**、工作室、エレクトロショップ、共同利用宿泊施設という陣容に日本全国の物性研究者の希望が託された。さらに昭和50年には軌道放射物性実験施設が加わった。

 物性科学の跳躍的発展が応用技術を媒体として、日本の経済復興に密接に結びついている歴史を振り返ると、この時期の物性研究所の果たした役割には多大なものがある。

* 電波分光・理論II・結晶I・誘電体・光物性・極低温・磁気I・半導体・分子格子欠陥・塑性・放射線物性・結II・理論I・固体核物性・界面物性・磁気II・非晶体(無機物性)・超高圧・理論III・中性子回折・固体物性(客員):設置順

**低温液化室・化学分析室・試料作成室・電子顕微鏡室・超高圧共通実験室・強磁場実験室・共通放射線実験室(RI)・電子計算機室・中性子回折共通実験室・サイクロトロン実験室

第2期(昭和55年〜平成8年)
 科学技術の急速な発展と経済の復興にともない、全国の大学の物性研究環境も整ってきた。設立以来20年を経過した物性研究所は、将来計画が議論され、大幅な変革がなされた。研究所の拡張・組織増ではなく、研究所の体制あるいは体質改善、即ち、物性研究の網羅ではなく、重点化と機動性を図る基本方針が決定され、次のように改組された。

1.極限物性部門:(超強磁場・超低温・極限レーザー・超高圧・表面)2.軌道放射物性部門 3.中性子回折物性部門 4.凝縮系部門 5.理論部門 6.2付属実験施設:軌道放射物性研究施設・中性子散乱研究施設、7.共通実験室(低温液化室・化学分析室・試料作成室・電子顕微鏡室・共通放射線実験室(RI)・電子計算機室・工作室)
の5大部門制と2施設への移行が実施され、そして、客員部門も増設され、大型装置を利用しての共同利用研究も推進された。

 極限物性部門は極限物性研究のための独自技術開発に重点をおき、世界的な極限値での実験環境を実現させた。軌道放射部門では田無キャンパスにあった既存の実験施設以外に、高エネルギー物理学研究所の放射光施設に物性研究所分室を設け、高精度・高分解能の放射光物性実験設備を設置し、共同利用に提供した。そして、新たな高輝度光源計画を立案することとなった。中性子部門では日米科学技術協力協定を結んで、ブルックヘブン研究所及びオークリッジ研究所に物性研究所の実験装置を設置し、実績を上げた。また日本原子力研究所の研究用3号炉の改造に伴い、東海村の中性子散乱研究設備の大幅な性能向上が図られ、東海村共同利用宿泊施設とともに、全国の中性子物性グループに実験環境を提供した。理論部門と凝縮系部門は自由な発想による研究と新たな萌芽の育成を目的にして研究室単位で運営された。其の中で高温超伝導研究の進展から、新物質開発計画が提唱され、化学分析室と試料作成室を統合した物質開発室が平成元年新物質開発部門に発展した。

 部門制への移行で、よりダイナミックに研究が展開され、先端研究と共同利用という二つの目的を遂行した。

第3期(平成8年〜平成18年)


 政府関係機関の地方移転の促進が唱えられ、その一環として物性研究所の移転が要請された。この状況を踏まえて移転を前提とした新たな将来構想が検討された。第3期では物質科学の総合的研究を展開し、物性研究の国際的拠点を目指すこととなった。物性科学研究の基本である、1.物質軸 2.研究手法軸 3.概念軸 という三軸が有機的に関連して全体を構成するように改組された。

1. 新物質科学研究部門 2.物性理論研究部門 3.先端領域研究部門(平成16年ナノスケール物性研究部門に変更) 4.極限環境物性部門 5.先端分光研究部門、6.付属施設:中性子散乱研究施設(平成15年中性子科学研究施設に改組)、 軌道放射物性研究施設、 物質設計評価施設、国際強磁場実験施設(18年度設置)7.共通実験室(工作室・液化室・放射線管理室)

 平成12年、43年間活動を展開した六本木キャンパスから、東京大学柏キャンパスへ全面移転が完了した。平成16年に国立大学法人東京大学になり、より開かれた研究所としての活動を期待されている。