本研究体験プログラムの概要

■世界最先端の固体科学の研究を推進する、東京大学物性研究所の設備を利用した研究体験プログラムです。最前線で活躍する研究者による講義と施設の見学に加えて、最先端科学の現場を体験する実習テーマを用意しました。

■今回は「体験!量子力学」と題し、固体物性の基本となる量子力学に親しんでもらうプログラムとしました。 量子力学では、電子は波として性質を持ち、その振る舞いはシュレディンガーの波動方程式によって記述されます。 今回の体験活動では、電子の波としての振る舞いの一端を、コンピュータによる計算と、走査トンネル顕微鏡(STM)による実験観察を通じて、実感してもらうことを目的としまして、次の3コースを用意しました。

1. 定在波・原子マニピュレーション コース
2. 超伝導・量子化磁束 コース
3. シミュレーション コース

■シミュレーション、測定データ解析、さらには発表のための資料作成用として、ノートパソコンを各自に貸し出しています。また、希望者には、宿泊用としてキャンパス内のゲストハウス(個室)を用意しています。

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プログラム・日程表

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講義

■今回の体験活動プログラムの導入として、最前線で活躍する研究者の方々に講義をお願いしました。

■物性物理のための量子力学入門として、電子の波としての振る舞いやそれを記述するシュレディンガー方程式について学び、 さらには波動方程式を解くための種々の数値計算の方法を理解し、シミュレーション計算実習への導入としました。

 講義のメモは こちら です。
 サンプルプログラムは こちら です。

■走査トンネル顕微鏡入門では、表面の原子を観察することができる顕微鏡である走査トンネル顕微鏡(STM)の原理について学び、 さらに、トンネル分光の手法を用いることによって、試料の電子状態に関する情報が得られることを学びました。 トンネル分光法による電子定在波や超伝導ギャップの観測についても学びました。


[STMの原理] STMは、先の尖ったタングステンなどの針と表面原子の間に流れるトンネル電流を検出しながら、 表面をなぞることによって、表面の凹凸像を得る顕微鏡です。 トンネル電流は探針と表面原子の距離に対して非常に敏感に変化し、原子1個分の高さの差でも電流値の変化として検出できますので、 この顕微鏡を用いて表面の形状を原子分解能で観察することができます。

このように、STMは表面の原子を直接「見る」ことができるすごい顕微鏡なのですが、 実は、この顕微鏡、「原子を見る」だけには留まりません。 電子の波を見たり、超伝導を見たり、さらには表面の原子を動かしたりすることもできるんです。 そして、そこが今回の体験活動のテーマになっています。

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研究所見学

■実際の体験活動の前に、物性研究所自慢の最先端施設であるスーパーコンピュータ、国際超強磁場科学研究施設、極限コヒーレント光科学研究センターを見学しました。いずれも度胆を抜く装置・施設で、そこに従事する研究者たちの熱い想いを感じさせるものばかりでした。案内していただいた矢田さん(スパコン)、徳永先生(超磁場)、近藤先生・板谷先生(光科学)、どうもありがとうございました。

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定在波・原子マニピュレーション

■低温走査トンネル顕微鏡装置を用いて、表面に局在した電子状態を持つ金の(111)表面での電子定在波観察を試みました。

■清浄な表面を得るための加熱処理、超高真空チャンバー内での試料の搬送、さらにはデュワーへの液体ヘリウムの注入まで、STM像観察までに必要となるさまざまな実験技術を体験しました。

■途中、STM探針を試料表面に近づけるメカが動作しないトラブルが発生しましたが、何とか最終日にはこの表面の原子像や、この表面に特徴的なパターンである縞模様(ヘリングボーン構造)、さらにはステップでの電子散乱・干渉に由来する電子定在波の観察に成功しました。電子定在波の波長のバイアス電圧依存性から、この表面電子状態のエネルギー分散関係を求めることができ、ほぼ自由電子的な振る舞いを持つことを示すことができました。

Au(111)表面でのSTM像とトンネル分光像

低温STM装置を前に熱心に説明を受ける体験学生達

■予定していた原子マニピュレーションは、トラブルのため試みることは出来ませんでした。最先端の研究では必ずしも順調に実験が進む訳ではないことを、はからずも体験することとなりました。

予定していた原子マニピュレーションの例

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超伝導・量子化磁束

■シリコン基板上に作成した鉛の薄膜を試料として、低温STM装置を用いて、膜方向に閉じ込められた量子化準位や、鉛の超伝導ギャップおよび磁場下での量子化磁束(渦糸)などさまざまな量子現象の観察を試みました。

■シリコンウェハーの切断から始め、試料ホルダーへの取り付け、超高真空内での加熱による清浄表面の作成と反射高速電子線回折(RHEED)による原子構造確認、そして鉛の2段階蒸着といった種々のプロセスを経て試料を用意し、STM観察により所望の薄膜・アイランド構造が形成されていることを確認しました。

■STM像から、13原子層(ML)から22原子層の鉛アイランド構造が形成されていることが確認されたので、トンネル分光測定から各膜厚での量子閉じ込め準位の観測を行いました。さらに、測定から得られた膜厚と量子閉じ込め準位のエネルギーレベルから、鉛の電子波の波長とエネルギーとの関係を求めることができました。

鉛のアイランド構造とトンネル分光による量子閉じ込め準位観測。膜厚によって閉じ込め準位のエネルギーレベルが異なることが観察されています。

■超伝導体である鉛アイランド構造上において、超伝導ギャップがトンネル分光によって観測されることを確認しました。さらに磁場を加えることによって超伝導が局的に壊された量子化磁束(磁束)が形成されることを、トンネル分光像から観察することに成功しました。

鉛のアイランド構造上での超伝導ギャップ(下)とトンネル分光像による量子化磁束観測(右上)

STM制御用コンピュータの前で熱心に説明を受ける体験学生達。STM装置本体は背後のシールドボックスの中にある。このあと、一人ひとりに実際に操作を行ってもらいました。

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シミュレーション

■STMでは電子の流れである電流を検出することで表面を観察します。 ミクロの世界では、電子は粒子としての性質と波としての性質を併せ持つ物質波として振る舞いますので、 STM像をシミュレートするためには。物質波を記述する方程式であるシュレディンガー方程式を解く必要があります。

■シュレディンガー方程式は偏微分方程式の一つです。偏微分方程式は、簡単なものであれば、数学アプリであるmathematicaを用いて数値的に解くことができますので、ここではmathematicaを用いてシュレディンガー方程式を実際に解き、 STM像のシミュレーションを行いました。

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プレゼン発表

■最終日には、4日間の活動をまとめ、プレゼンテーションを行いました。 本体験活動プログラムでは、物性科学の中でも量子力学の基本的性質が顕著な系を題材として選んでいますが、 それを観測・評価する装置・手法では、最先端の研究で利用されるさまざまな技術・ノウハウが駆使されていました。 今回の活動での学んだことが、量子力学あるいは物性科学の理解の手助けとなればと思いますし、 さらには、この体験を通じて最先端の物性科学研究の魅力を感じてもらえれば、と期待しています。 参加者の学生達にとっては、初めてのことが次々と出てきて大変だったかもしれませんが、 皆、熱心で、生き生きとプログラムに取り組んでいる様子が大変印象的でした。

プレゼンテーション準備中。分担を決めて、皆で議論をしながらまとめていきます。

プレゼンテーションの様子。皆、しっかりと発表できました。

瀧川所長や物性研体験活動担当の榊原先生も加わって、みんなで集合写真。「やったぞ~! 終わったぞ~!」。

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参加者の声

今回は、1年生2名、2年生1名、3年生3名の計6名の学生が、4日間のプログラムを最後まで参加してくれました。以下、参加した学生へのアンケートからの抜粋です。

■分からない事も多かったが、色々な知識がつき、様々な体験を積めて良かったです。特に研究室の方々に質問がしやすく、丁寧に答えてくれたのでとても助かりました。

■研究室で活躍している先生や院生と直接お話して、研究がどういうものか、等を聞くことができたのは良かった。

■今回の体験を経て、さらに研究者になりたいという思いが強まりました。

■楽しかった。英語の勉強にもなった。(担当注:超伝導・量子化磁束コースの説明は、韓国からの博士研究員により英語で行われました。)

■まだ分からない事が多かったので、もっと勉強しなければと思いました。泊まりがけでというのは良い体験になりました。

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このページについて

2014年9月16日 - 19日に行われた東京大学物性研究所主催の体験活動プログラム、最先端物質科学入門:「固体の中の宇宙」についてご紹介いたします。


宣伝用ビラ
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関連リンク

東京大学物性研究所
杉野研究室(物性理論)
長谷川研究室(ナノスケール物性)

これまでの体験活動

2013年度

2014年度 ver.1