高輝度光源第I期計画におけるビームライン・利用計画

  辛 埴(東大物性研)

(1)軽減されるビームラインの熱負荷
 アンジュレーターが20〜30mと長いために、1GeVといえども熱負荷は無視することはで きず、これまで検討を続けてきたビームライン・基幹チャンネルを基本的には そのまま使う必要性があるものと思われます。しかし、熱負荷は20mアンジュ レーターで、放射パワー密度2.6W/mm2で第II期計画の5mアンジュレータ ーの約25%となり、かなり軽減されます。従来の熱負荷対策を行った光学系 で、十分、対応できると思われます。

(2)回折限界が問題になる分光光学系
 エミッタンスが小さいために、分光器作りは楽になり、分解能1万以上を得 ることは比較的簡単になると思われます。分光光学系を工夫すれば、分解能1 0万も可能になります。しかし、逆にエミッタンスが、あまりにも小さすぎる ために、10万以上の分解能や小さいスポットサイズを得るために、回折限界 を避ける工夫が特に必要になるものと思われます。また、直入射分光器などで は、アンジュレーターを使うと、回折格子の照射面積が小さすぎて、分解能が かえって上がらなくなる場合があるので、光学系に注意が必要になります。

(3)重要になる測定器技術のR&D
 今回の光源では、これまで得ることができなかった高分解能や小スポットサ イズを得ることが可能になります。しかし、そのための光電子や発光分光器等 の測定器や、光学技術の開発の必要になります。買ってきた装置だけでは十分 な性能を引き出すことは難しくなるかもしれません。また、高分解能に対応す るような低温技術等の周辺技術を充実することも必要になってきます。
 一方、新しい実験の可能性として、コヒーレンシィを利用する研究を推進す る必要性があります。この様な例として、ホログラフィなどがあげられますが、 他にも、これまで考えられなかったような研究分野が存在するかもしれません。

(4)高輝度光源第I期計画における利用研究の例
 第I期計画の加速器では、200eV以下のエネルギー領域において0.5nm ・radの低エミッタンスと20〜30m級アンジュレータの利用により、 従来の高輝度光源の放射光利用よりも、次元の高い研究を遂行することができ ます。本研究計画では、この画期的な特徴を生かした 1.超高分解能、2.顕微分 光、3.大光強度利用、4.コヒーレンシィを利用した新しいタイプの物性実験を 行うことが可能になると思われます。
 この様な光源を利用した特徴ある研究をこれから計画する必要があります。 利用するエネルギー範囲が限られ、アンジュレーターのステーションの数がそれほど 多くないので、利用者の間で、十分な議論がこれから必要であると考えられま す。ちなみに、実験ステーションは、アンジュレーターの場合、幾つかに振り 分けて有効に使う必要があると思われます。しかし、 高輝度光源では十分に明 るいので、測定時間が短くなるため、幾つかの実験ステーションに分けることは可 能だと考えられます。ALSなどでは、1つのアンジュレーターを4〜5の実験 ステーションに分けて十分成果を出している例があり、非現実的であるとは思 えません。また、ユーザーに対して、利用研究の公平性を確保するためにも、 今回の計画では少なくても1本あたり4つ以上のステーション(合計8ステー ション以上)で、有効にビームタイムを使う必要があると思われます。お金が あれば、振り分けミラーの後に、分光器をそれぞれの実験ステーションにつける 事がぜひ必要になってくる思われます。
 以下では、考えられる研究の例として、拡大幹事会の会員の中から意見を述 べていただきました。これらは例としてあげたもので、この様なことが決まっ ているわけではありません。会員のみなさんの中で、もう一度、利用研究につ いて考え直す機会を提供するものです。

1.フェルミオロジー
 強相関電子系の光電子スペクトルを高分解能で測定し、フェルミ面の形状、 超伝導ギャップ、金属-絶縁体転移に伴うギャップ形成など、物性物理学で問題 となっている 低エネルギー電子物性を高精度で調べる。高輝度を利用して、1 meVに迫るエネルギー分解能と±0.1度に迫る角度分解能を実現し、従来の高 分解能光電子分光でも不可能であった低温・低エネルギー電子状態の直接観察 を行い、物性物理の新しい領域を開拓する。これによって可能となる研究分野、 期待される成果の主なものを以下に挙げる。
@ 高温超伝導を含めたunconventionalな超伝導状態の解明。特に、p波・d 波等の異方的超伝導状態、時間反転対称性・並進対称性の破れた超伝導状態 などの検証と評価が可能になる。
A 重いフェルミ粒子系・近藤格子系におけるバンド形成の解明。物性物理の根 本的な問題である局在-非局在の問題に対する、最も直接的な実験的情報が 得られる。
B 理論的に予測されている非フェルミ液体状態、新しい素励起(複合フェルミ 粒子、集団励起など)の実験的検証。低次元物質、半導体超構造等が舞台と なる。
C モット転移、アンダーソン局在、ウィグナー結晶など低温物理で長年議論の 対象となってきた諸問題に、超低温での高分解光電子分光実験により光を当 てる。 藤森 淳(東大大理)

2.超高輝度放射光を用いた光電子顕微鏡
 エミッタンスが0.5nmradという超高輝度放射光を用いると10nm以下のナ ノビームを作ることが可能になり、ナノエレクトロニクス用超微細構造の解析 が実現する。本プロジェクトでは、数meVの分解能を持つ単色光(100-200eV)を取り出すビームライ ンを建設する。光線追跡シミュレーションの結果、トロイダルミラーM0,S 1スリット、円筒ミラーM1,不等間隔平面回折格子G,S2スリットにより 100eVで分解能44,000が得られている。トロイダルミラーM2,M3で集光 してピンホール位置に約0.13μmφで集光出来るため、Schwarzschild光 学系で10nm以下のナノビームが得られる可能性がある。本プロジェクトでは 磁性ナノ構造の解析を主眼にしているため、円偏光アンジュレータを用いるが、 高次光が少ないため縮小光学系への負担がかなり低減出来る。このナノビーム を用いて、
@ ヘテロエピ成長で作製する磁性量子ドット、量子細線などにおける磁気的 性質を解明する。さらに、
A 半導体超格子構造断面、ヘテロエピ成長した半導体量子ドットや量子細線、 貫通転位周辺の電子状態、
B SBIC(放射光ビーム誘起電流像)法の開発とMOS構造のゲート膜下の 欠陥イメージング(ドレーン電流によるイメージング)、それに
C 通常の元素分布、化学状態分布による材料評価を行っていく。さらに、
D 1次元光電子アナライザと組み合わせてナノ結晶1つ1つからの角度分解 光電子分光→光電子回折、などの研究も推進していきたい。 尾嶋 正治(東大大工)

3.高輝度光源の特徴を活かした近未来の2次元光電子分光
 本研究の目的は、固体表面、2次元物質などの低次元物質の電子エネルギー バンドを、2次元分析器を用いて、フェルミ面の形を含めて2次元的に完全に 測定することである。これまで、第2世代の光源を使用して測定を行ってきた が、励起光の試料表面でのスポットサイズが1mm程度であったために、エネ ルギー分解能が200meV,角度分解能が2.5度程度が理論的な限界であった。 高輝度光源が利用できるようになると、スポットサイズが0.01mm程度になる ため、理論的にはエネルギー分解能が2meV、角度分解能が0.03度程度に向 上できる。従って、これまでの実験では、ぼやけて観測されたフェルミ面が、 線のように細くなり、精密な議論ができるようになる。また、直線偏光が利用 できるので、バンドを構成している原子軌道が特定できる。これは、世界的に ここでしかできない研究である。また、光量が多くとれるので、バンドの時間 変化の測定ができる。例えば、相転移や吸着にともなうフェルミ面や表面準位 の変化などが、興味深いテーマである。同じ2次元測定でも、試料や分析器を 動かして測定したのでは、このような時間変化の測定はできない。このような、 精度の良いバンドマッピングの時間変化の研究は、この高輝度光源でしか実現 できない夢のある研究であると思われる。 大門 寛(奈良先端大)

4.次世代の軟X線発光分光実験
 200eV以下のエネルギー領域ではでは0.5nm・radの低エミッタン スと20〜30m級のアンジュレータにより、従来の高輝度光源の放射光利用 よりも、次元の高い研究を遂行することができます。本計画では以下の3つの 利用をが考えられます。
1. 本計画では、これまでの放射光利用では考えることの出来なかった数10 meVの高分解能を達成することをめざすことができます。フォノン、マグ ノンなどに関するラマン散乱研究のみならず、電子伝導に関与する電子の緩和現象も研 究可能になります。
2. 低エミッタンスなため、小スポットサイズでも十分な強度が得られ、顕微ラ マン散乱が可能になります。生物関係等の研究を行うのに最適であると思わ れます。
3. 20〜30m級のアンジュレータはこれまで計画もされていません。世界最 大強度の光を得ることが可能になる。また、アンジュレーターの周期数が1 000近いために分解能1000の分光器に匹敵し、分光器なしの分光実験 も可能になります。これまで強度が弱くて測定が不可能とされた固体中の不 純物の測定などの実験が可能になります。 辛 埴(東大物性研)

5.放射生命科学
 放射線の生物効果誘発が,放射線エネルギーの吸収過程によってどの様に変 わるのかを,光子エネルギー依存性から研究している.そこで,多様な生物試 料に対して,幅広い光子エネルギーの照射実験を行いたいというのが希望であ る.本計画では,これまでSOR−RINGのBL−5で使用していた光子エ ネルギー領域に加えて,1000eV以下の超軟X線領域が充実することを楽 しみにしている.放射線生物効果研究の特徴を列挙すると,試料の多様性,広 範囲な光子エネルギーの研究,マイクロビームを用いた空間分解能を持たせた 生物効果の研究等があげられる.これに関して,さらに述べると,試料に関し ていえば,物質としては,低分子(核酸塩基,アミノ酸等),高分子(核酸, タンパク質)などの分子のみでなく,ウイルス,細菌細胞,ヒト培養細胞等の 生きている材料も対象とする.また,試料の形状としては,固体のみでなく, 生物の3分の2が水であることから、当然、液体試料も研究対象とする.さらに例 えば,原始大気における化学進化研究では気体を試料とする.放射線生物効果 研究にとって,照射試料は通常の物理測定の検出器も兼ねているという特徴に 理解していただきたい.したがって,ビームラインのみでは研究が十分にはお こなえず,試料準備・後処理の施設が隣接されて設置されることが極めて重要 である.
 紫外から硬X線までの幅広い光子エネルギー依存性を測定測定する必然性は 以下の通りである.5−40eVでは,励起から電離への初期過程の移行が生 物効果誘発にどの様な効果をを持つのかの研究が行う.250−1000eV では,生体構成軽元素(C,N,O等)の内核励起・電離の効果研究がテーマ となる.さらに,マイクロビーム照射による空間分解能を持たせた研究が,最 近のα線を用いたマイクロビーム照射法の著しい進歩を取り入れることによっ て,今後,実り豊かな研究分野として発展させたい.この種の研究は,おおむ ね輝度よりも強度(フルエンス)を要求する研究が多い.しかし将来的には, マイクロビーム照射で輝度を要求する実験も行われるであろう.
 今回の計画では,真空紫外から超軟X線領域の研究を推進したい.偏向電磁 からの放射光を光源として次の分光系が望まれる.(1)5−40eV領域分 光光学系:3m直入射型分光器垂直照射型,λ/Δλ=100-1000(照射用), 10000(分光用),1019光子/m2/sec(SOR−RING B L−5の100倍)を希望する.(2)50−1000eV領域:分光光学系としてはC −VPGM(KOIKE型),λ/Δλ=100-1000(照射用),10000(分光用), 1018光子/m2/secを希望する.(3)数100eV光のヒト 培養細胞に対し て,細胞内小器官への選別照射をマイクロビームを用いて行いたい.
 生体分子への照射後、直ちにESRで測定することも計画している.このよう な場合には,ビームラインの最下流における空間の確保が重要となる.また, 非密封放射性同位元素の利用が可能となれば,研究手法の自由度が大きく広が る.このようなリングやビームラインに直接関わらない施設の整備も,第I期 計画と第II期計画を通じて充実させていってもらいたい. 檜枝光太郎(立大理)

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