高輝度光源第I期計画における加速器の概要

神谷幸秀(東大物性研)

(1)はじめに
現在、物性研SOR施設を中心に、高輝度光源計画の再検討を行いつつあ る。ここで述べることは、その中間報告であり、今後、ユーザ・コミュニテ ィからの意見などを参考にして、さらに検討を加えていくことにしている。 財政構造改革、行政改革などの諸般の事情を勘案して、再検討を行った結 果、計画を第I期と第II期にわけることとした。大規模な全国共同利用を目 的とした、今までの2GeV計画(VSX計画)を第II期計画とし、第I期計画 としては、真空紫外線(VUV)領域にアンジュレータの一次光のピークがあ るような高輝度放射光を主に利用する中規模程度の全国共同利用施設を建設 するというものである。

第I期計画(VUV高輝度光源)
・加速器はライナックと光源リングからなる。
・ライナックとしては、VSX計画の設計仕様をほぼそのまま採用するが、 電子エネルギーを約1GeVまで上げる。
・光源リングは電子エネルギーを1GeVとし、VUV領域で回折限界光源 (Diffraction-limited source)となるものを目指す。
・また、電子エネルギーが低いため、ビーム内での電子の多重散乱(IBS: Intra-beam scattering)の効果が「支配的」となり、ビームサイズ が大きな電流依存性をもつリングとなる。

第II期計画(VSX高輝度光源[2GeV計画])
・基本的方針として、第II計画は今までの計画そのものとし、加速器、ビ ームライン及び測定器の設計仕様、施設の配置は可能な限り変更しない。
・加速器はシンクロトロンと光源リングからなる。ライナックは第I期計 画のものを併用する。

このように計画をわけることによって、次のようなメリットがある。
1. 初期の計画(第I期計画)の予算規模を大幅に縮小することがで きる。
2. 利用研究の面で、第I期と第IIの計画は互いに相補的となる。
3. これまでに得られた設計・開発の成果を第I期計画に活用できる ので、大幅な設計期間の短縮が可能となる。
4. 第I期計画は、研究のニーズに即応出来る比較的小規模の開発型 施設として位置付けられる。
5. 第I期計画で得られる開発及び研究の成果を、第II期の計画に有 効に利用できる。

(2)第I期計画の特徴
この第I期計画の特徴を列挙すると、
1.世界最高の輝度が供給可能である
アンジュレータ一次光のエネルギー領域(100 eV〜200 eV)にお いて1019〜1020の輝度[photons/s・mm2・mrad2・0.1%b.w.] が得られる(米国ALSの設計値の約100倍。)
2.最先端の研究成果が期待できる
光物性(基礎面)や顕微鏡(応用面)などの特定分野で最先端の研 究成果が期待できる。
3.新しい研究分野が開かれる可能性
世界における既存及び計画中の第3世代光源がもっている、輝度最 大の波長領域とは異なる領域で、輝度が最大(世界最高)となる。
4.次期計画(第II期計画)が既にある
VSX計画は設計がほぼ終了している。また、加速器及びビームライ ンのR&Dも精力的に行われてきている。
5.高輝度光源研究センター(全国共同利用施設)の設置
組織としては、当初、柏キャンパスに高輝度光源研究センターを設 置し、将来的には加速器センターの設置を目指す。
6.SOR−RINGの後継機として位置づけられる
全国共同利用施設のVUV専用リングであり、SOR-RINGの偏向電 磁石で利用可能であったエネルギー領域(約200eV以下)を高輝 度のアンジュレータ光でカバーできる。さらに、第I期計画の偏向 電磁石では、数keV程度までの軟X線も利用可能となる。
7.加速器科学の限界に挑む
キーワード:回折限界、IBS、超低エミッタンス、ビーム不安定性、 軌道安定性、超高真空、加速器コンポーネントの開発(高周波加速、 ビーム制御及び診断、電磁石、真空、アンジュレータ等)
8.ビームライン、測定器への挑戦
キーワード:超高分解(105以上)、ビームライン・コンポーネン トの開発(光学素子、検出器、光ビーム・ハンドリング等)
(3)光源リングの設計仕様
ビーム・エネルギー : 約1 GeV程度
リング周長 : 約180m〜約200m程度(注1)
ビーム・エミッタンス : 1nm・rad以下(注2)
ビーム電流 : 約200 mA
ビーム寿命 : 数時間(他の光源より短い)(注3)
長直線部 : 30m×2ヶ所
アンジュレータ・ビームライン : 2本(注4)
同上実験ステーション : 約6〜8基(注5)
偏向電磁石ビームライン : 約10本
同上実験ステーション  : 約20基(注6)
(注1):リングの形がレース・トラック型であるので、周長が長くな っても、建設コストはそれ程高くならない。
(注2):ビーム電流がゼロで約0.5 nm・rad程度で、200 mAで(IBS 効果により)約1nm・rad程度。
(注3):長いビーム寿命を確保するためには、大きなダイナミック・ アパーチャ、momentum acceptanceと超高真空が必要。
(注4):1ヶ所の長直線部に、数台のアンジュレータが設置可能。
(注5):タイム・シェアリングを行う。
(注6):1ビームライン当たり2ブランチとする。

(4)建設経費及び期間、必要面積の概算
これらについては、もう少し設計が進んだ段階で(平成11年度の概算要 求に間に合うように)、確度の高い見積もりを行う予定であるが、現時点で の概略見積もりは以下の通りである。
建設経費 : 100〜150億円程度
建設期間 : 約2年
建築面積 : 約5,000〜10,000m2程度(附属施設を含む)

(5)リングのラティス設計及び輝度の例
上述の仕様を満足するような光源リングに関するfeasibility studyを行った結 果、そのようなリングを設計・建設することが可能であるとの判断に達して いる。
[リング設計の例]
以下に、リング設計に関するいくつかの例を示すが、(仕様を満たす範囲 で)今後、数値等の変更があり得る。リングは2つの30m級の長直線部、マ ッチング部(オプティックスのマッチング・セクション)及びアーク部(ノ ーマル・セルからなる曲線部)から構成され、ノーマル・セルのラティスは エミッタンスが理論的最小(theoretical minimum)となるような構造を 採用している。表1に、リングの主要パラメータの例を示す。ビーム寿命は 主にTouschek効果とガス散乱で決まるので、十分な大きさのダイナミッ ク・アパーチャ、momentum acceptanceと超高真空が要求される。ケー スAでは、まだそれほど十分なダイナミック・アパーチャとmomentum acceptanceが確保できていないが、ケースBの場合には、ノーマル・セル にある六極電磁石の非線形効果が長直線部で「透明になる」ようにベータト ロン振動のphase advanceを選ぶことによって、既に大きな値が得られてい る。
図1及び図2にケースAのビームのサイズ及び角度拡がりを示す。また、 リング、ライナック(地下)及びビームラインの配置の例と建物との関係 を図3に示す。

表1. リングの主要パラメータ(例)
ケースAケースB
Energy [GeV]1.01.0
Circumference [m]197.6253.6
Natural emittance [nm.rad]0.5580.715
Bending field [T]1.451.45
Critical photon energy [eV] (BM)967967
RF frequency [MHz]500.6500.2

[輝度の例]
図4、5に第I期計画おける偏向電磁石、各種のアンジュレータから得ら れる放射光の輝度と、他の施設の輝度との比較を示す。ここで、例えばU30 は周期長が30mmのアンジュレータを示す。また、偏向電磁石の輝度は、偏 向電磁石の中心から放射光を取り出した場合のものである。なお、図中の(第 I期計画の)輝度の計算には、IBS効果によるエミッタンスの増大が考慮さ れている。

図4 第I期計画の強度と他施設との比較(1) 図5 第I期計画の強度と他施設との比較(2)

[加速器の主な検討項目]
以下に、加速器に関する主な検討項目を上げておく。
・大きなダイナミック・アパーチャとmomentum acceptanceをもつ ラティスの設計
・超高真空の実現(目標:平均真空度、0.1 nTorr以下) → 真空チ ェンバー及び真空ポンプ・システムの設計・開発
・ビーム不安定性
バンチ結合型不安定性 → これまでに開発を行ってきたRF空 洞を採用
resistive-wallによる不安定性 → 基本的にはフィードバッ ク・システムにより抑制
・軌道安定性 → (1)アライメント方式の検討、(2)開発中のフ ィードバック・システムの採用

(6)施設配置
第I期と第II期計画における施設の配置が柏キャンパス内でどのようにな るか、その案を図6に示す。図中央の円形の建物が第II期計画の光源棟であ り、周辺の建物群はそのための付属設備などを収納する建物である。第I期 計画の施設(図中で長方形の形のもの)を東大が 既に取得している12ha内に納めることが(現在案では)可能である。

(7)結語
短期間に行われた設計検討ではあったが、VSX計画の設計・開発によって 得られた経験と成果に基づいて検討した結果、予算規模を縮小しても、 VUV領域で世界最高性能を有する高輝度光源の建設が可能であることがわか った。より詳細な加速器設計については別の機会に報告する予定である。ま た、「東京大学高輝度光源第I期計画・加速器の概要(仮題)」及び「同計 画・加速器の概念設計(仮題)」などを出版することも計画している。なお、 近日中に、今までの計画(VSX計画)全般をまとめた冊子、「東京大学高輝度光源計画・ 計画の概要」を出版することを予定している。これは、第II期計画それ自体 の検討や、第I期計画の施設配置及びユーティリティ等の検討を行う際にも 有用であると考えてる。

[ユーザの方へ]
時間及び紙面の都合で、加速器及び施設全体について十分な説 明をすることができませんでしたが、これらについては今後、 いろいろな機会にご説明申し上げるつもりです。また、困難な 諸般の状況を考慮すると、計画を第I期と第II期にわけること が現時点では適切であるとの認識に立っておりますが、ユーザ の皆様におかれましても、何卒、このことをご理解頂き、我が 国の放射光科学の発展のために、引き続きご支援を賜りますよ うお願い申し上げます。

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