宮久石

 

No. IMA2011-043 

宮久石 / Miyahisaite

(Sr,Ca)2Ba3(PO4)3F

Hexagonal

Hedyphane group in Apatite supergroup

大分県佐伯市下払鉱山

Nishio-Hamane D., Ohgoshi Y., Minakawa T. (2012) JMPS, 107, 121-126.

Fig.1. 宮久石を含む鉱石(研磨面)。

 

Fig.2. 宮久石の実体鏡と反射鏡の写真(同視野),左右0.5ミリ程度

 

Fig. 3. 宮久石(Fig.2)の反射電子像,明るい部分が宮久石で,灰色棒状はフッ素燐灰石。

愛媛閃石の新鉱物承認からちょうど1ヶ月後に承認された新鉱物,宮久石/miyahisaiteである。タイミング的に2011年の鉱物学会の予稿提出〆切に承認が間に合わなかった。とりあえず愛媛閃石の発表の一番最後に一枚だけスライドを作って紹介したが,その程度の発表で覚えている人は少ないだろう。2012年の鉱物学会で発表しようと思っているが,論文の方が先になってしまった。

名前の由来は,愛媛大学教授であった宮久三千年(みちとし)にちなむ。共著者・皆川には二人の師匠がおり,一人は桃井石榴石の名前の由来となった桃井斉,もう一人が宮久三千年である。私は皆川先生を通じて,宮久先生と桃井先生の孫弟子にあたる。宮久先生は九州大分の育ち。九州の地質・鉱山の研究を通じて日本の鉱物学の発展に大きく貢献された。九州もしくは分県からの新鉱物に名前をつけたいと思っていたところであった。

この鉱物を発見した当初,我々は別の鉱物名を考えていた。というより,命名規約から一意に決まってしまうと思っていた。この鉱物の組成をもっとも単純に考えると(Ba,Sr,Ca)5(PO4)3Fと書くことができる。これは既存鉱物・アルフォース石/alforsite,Ba5(PO4)3Cl,のフッ素置換体に相当する。そうなるとこの鉱物は「フッ素アルフォース石」と名付けるしか無い。もちろんこの場合でも新鉱物であるが,ちょっと冴えない。しかし,この鉱物の構造は特殊で,組成と構造を詳しく検討すると,(Sr,Ca)2Ba3(PO4)3Fと表現すべき鉱物であるというのがわかった。そこで,本鉱の産地・九州大分県ゆかりの人物で皆川の師匠である「宮久」をルーツネームとして提案した。我々の期待通りに宮久石/miyahisaiteは無事に承認された。

鉱石はFig1のように一見はチャートである。ほとんどは石英だが,やや紫に見えるのはナマンシル輝石という日本ではここでしか見つかっていない鉱物が含まれているからである。褐色の脈,これは主にエジリンからできておりこの脈中に様々なBaに富む鉱物が存在する。さて,宮久石であるが,これはエジリン脈に沿って見つかる。Fig2,3は科博に送ったタイプ標本の写真である。それぞれを見比べてみればわかると思うが,宮久石は小さい上に無色透明で,実体鏡を使っても判別は困難を極める。宮久石や密接に共存する燐灰石の硬度は周囲の石英より低いため,研磨するとその部分がややくぼみ,研磨面でわずかにコントラストができる。傷つきやすさが鑑定する際のささやかなヒントになるだろう。褐色脈が入っている石に必ず宮久石があるわけではないので,確実に宮久石を得るには分析装置付きの走査電子顕微鏡を使うしかないが,いずれにせよ簡単には見つからないだろう。

追記:最近,宮久石の標本を売り立てやネットオークションなどで見かけるようになった。一部は”分析済み”と書いてあったりして,その熱意はすごいなあと思う。一方で一部には「模式標本の片割れ・塊の一部」と書いてあるモノもあった。う~ん,模式「地」標本には違いないと思うのだが,片割れとか一部というのはあり得ないなあ。模式標本は10年以上前に採集した標本を私の手元から科博へ送ったし,その片割れは今は薄片になっている。模式標本の片割れというのは私の手元にしか存在していない。もとの岩塊などわかるはずもない。それに,私は「模式標本の片割れ」なんて標本を渡したことは一度も無いよ。「模式標本(の塊)の一部」とか「鑑定済み」とかのラベルを信じて買うのは自己責任と思う。私が買った「鑑定済み」とされる試料:手稲石(ラベル)→胆バン(実際),神岡鉱(ラベル)→輝水鉛鉱(実際),大峰石(ラベル)→デュモルチエ石(実際),オホーツク石(ラベル)→燐灰石(実際),長島石(ラベル)→ゴミ?(実際)・・・,ああ・・なんだか泣けてきた。

 

 Posted by at 8:21 AM

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