神谷幸秀(東大物性研)
現計画は、本ニュースレターの安岡所長の巻頭言にもあるように、約1年前に策定されたものであり、VUV領域で世界の他施設をはるかに凌ぐ性能を達成することにより、新しいサイエンスを開拓していくことを目指しているものである。ラティス等、加速器全体の設計は、以前の2GeV計画から大幅に変更されているが、現計画には、それまでに行われてきた、また現在も継続中のR&Dの成果(例えばKEKと共同で開発したRF加速空洞など)が十分に取り入れられている。逆に、これらのR&Dなくしては、世界最高輝度、世界最小エミッタンスをもつ光源計画を立案することは出来なかったであろう。
前号で中村氏が計画の進捗状況を報告しているが、現在も引き続き、計画の全般にわたって様々な検討、設計が民間会社等の協力を得て進められている。また、これらの設計に基づいたR&Dも精力的に行われており、一例を上げると、ビーム有りで真空度10-10Torrを達成できるような真空設計、また、このために磁石側板に真空排気用の大きな開口をもつC型ヨーク構造の四極電磁石の開発などがある。後者については今年度に実機モデルの製作を行う予定である。
一方、この計画では、入射器(ライナック)とそのビーム・ダンプの間に置かれたターゲットに大電流の電子ビームを当て、これから発生する高輝度の低速陽電子ビームを利用することを目指している。このため、低速陽電子実験室がライナックと同一レベルの光源棟地下に配置される。これらの設計は、低速陽電子ビーム利用者懇談会の中に設けられた柏放射光陽電子ビーム実験室建設WG準備会(世話人:兵頭俊夫氏)を中心に進められており、これに基づいた建物地下部の概略設計が出来上がっている。さて、光源リングのラティスについては、前々号でも触れてたが、ここで、もう一度、その特徴について述べておく。このラティスは、理論的最小エミッタンスが(ほぼ)実現可能なラティス構造を採用することによって、比較的短いリング周長でサブ・ナノのエミッタンス(10-9nmrad以下)を達成しようとするものであり、いわゆるfull couplingの場合には0.3ナノ程度の非常に小さなエミッタンスが実現される(つまり、波長約3ナノメータで回折限界の光が得られることになる。)しかし、このようなラティスは色収差が大きく、さらに分散関数が小さいために、この色収差を補正する六極電磁石の強さが非常に大きくなり、電子の運動が安定である領域(ダイナミック・アパーチャ)が狭くなるという困難な問題にぶつかる。また、エミッタンスが小さい上に、ビーム・エネルギーが1GeVと低いため、いわゆるTouschek効果(バンチ内の電子間衝突による散乱効果)によるビームの寿命が非常に短くなる。このため、衝突により運動量のずれが大きくなった電子に対し(また、このような電子は大きなベータトロン振動をもつことにもなる)、十分なダイナミック・アパーチャが確保されるように設計することが必要となる。
この理論的最小エミッタンスのラティスは、長直線部がなく、ノーマル・セルだけからなるような高い対称性をもつ場合では、二種類の六極電磁石だけでも、大きな運動量のずれと大きなベータトロン振幅をもつ電子の運動が安定であるが、対称性が少しでも破れると、DBAなどの他の低エミッタンス・ラティスと同様に、六極電磁石の大きな非線形効果のために、忽ち安定領域が狭くなってしまう(低エミッタンス・ラティスにおける、この非線形効果は摂動論で扱うことが全くできないほど強く、今日まで誰一人、その解明に成功していなし、永遠に不可能かもしれない。)そこで、本計画では、座標変換に対する六強電磁石の磁場の対称性を利用して、長直線部(この長直線部には六強電磁石を配置しない)でのベータトロン・チューンの進み(位相進み/2π)を水平方向に整数(整数の整数倍)、垂直方向に半整数の整数倍にすることにより、非線形効果に対し、長直線部があることによる影響を「透明化」して、ダイナミック・アパーチャが狭くなることを防いでいる。それでも、運動量のずれが大きくなると、色収差のため長直線部のチューンがずれて、必ずしも長直線部が「透明」にならなくなる。このような事情のために、ダイナミック・アパーチャを大きくする(つまりビーム寿命を長くする)ラティスの設計計算は困難をきわめたが、つい最近、大きな運動量のずれに対してもダイナミック・アパーチャが大きいラティス案が得られた(これには、精力的な若手の貢献が非常に大きい。)なお、当然のことながら施設建設直後は、より安定性の高い比較的大きなエミッタンス(それでも既存の第3世代光源程度のエミッタンス)で運転する予定であるが、上述の検討結果により、思っている以上に早い時期に、安定なサブ・ナノのエミッタンスで運転できる可能性が高くなってきた。
最後に、本年8月までの設計及びR&Dの結果を計画全般も含め、パンフレット的にまとめた冊子、<1GeV加速器の概要>を会員の皆様のお手元にお届けしておりますので、ご一読頂ければ幸いです。
Wednesday,9,Dec,1998