13 物性科学

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有機薄膜・複雑系の高精度電子状態研究

学術的意義・発展性

有機固体はその構成単位である分子が一次元から三次元にわたる異方的構造を持ち、また種々の分子間相互作用が働くため、その物性は極めて多彩で複雑である。しかしその複雑性を活かすことにより、有機半導体や有機超伝導体の発見をはじめ、カーボンナノネットワーク、最近の有機常温強磁性体、単一成分有機導体に至る様々な物質が実現され、新たな物性が身近なものになりつつある。とくに近年になってこれらの物質に特徴的な(要素)物性を積極的に利用した有機EL や太陽電池などの有機デバイスが実用化にいたり、有機材料の新たな可能性が爆発的に注目されるようになった。この様な社会的状況から、個々の有機物性の発現機構や、有機/有機あるいは有機/無機ヘテロ構造体の示す性質の基盤となる電子状態の詳細な情報がこれまで以上に要望されるようになっている。また、有機系の特徴の一つとして、無機半導体などの分野で確立されてきた電子状態に対する考え方だけではその電子状態が理解できないことがあげられ、新たな学術フロンティアとしても注目されている。具体的には、個々の有機固体/薄膜の電子構造のほか、有機/有機、有機/無機界面、さらに分子間ナノ界面の電子状態やその空間的変動、分子間相互作用の本質、低次元性物性、電子-フォノン(振動)相互作用、スピン状態、スピン-軌道相互作用などがようやく高度な実験手法による具体的メスを待ち受ける時代になった。本研究は、放射光を用いた光電子分光やNEXAFS 分光等により、これら多彩な有機材料の電子状態を、より高精度、より高分解能、かつより定量的に研究し、諸物性の成因や機構を解き明かす中心的役割を演じることを目指している。

国際競争力

我が国はこれまで、主として UVSOR、BL8B2 をキービームラインとし、PF での実験と併せて有機薄膜、有機薄膜界面の電子状態研究で世界をリードしてきた。これら数多くの実験や光電子強度解析手法開発などで蓄積された経験を基に、理論分野を含む新たなグループの協力も得てチームの総合力・学際性を強化して本研究課題を推進する。高度なサイエンスを創出しつづけ国際競争力を維持するためには、これまで以上に高性能な実験システムが不可欠である。本研究では、より高エネルギーの放射光をより高エネルギー分解能で利用することを基本とし、他の追従を許さない優れた成果をあげる事ができる。

高輝度の必要性

高エネルギー分解能測定には、分光器などの光学系設計上高輝度を必要とする。また、学術的に重要な有機試料には極めて小さな針状結晶やナノチューブ集合体などの微小なものが多く、さらに有機薄膜デバイスでの電極間ミクロスペースでの有機物性変化を分光学的にその場測定する場合など、ビーム径の微小さがキーとなる場合が多い。この点でも高輝度が必要である。一方、「分子メス」をキーワードとする光励起反応も放射光を用いた有機材料研究の重要な分野である。このような光化学反応の精密実験には、広い波長範囲、高い波長分解能に加え、大きな光子密度を必要とする。

技術的な実施可能性

UVSOR、PF での多くの有機固体、薄膜の研究実績を有している。また、主要メンバーの多くは個々の研究室において、試料作成・処理、光電子分光実験を含む種々の電子分光実験、さらに光電子顕微鏡などの新手法の利用によって有機材料に関する様々な実験を行っており、多様な経験を有している。これらを考えあわせ、実施可能性は十分高いと判断される。また、本グループは現在、東北大学(2 名)、東京大学(4 名)、千葉大学(7名+α)、産総研(3 名)、理研(2 名)、名古屋大学(4 名+α)、分子研(1 名)、京大(1 名)、愛媛大学(1 名)、熊本大学(1 名)、他に民間企業の研究者(若干名)、計28 名+αから構成されている。

その他

化学、物理学、電子工学などを出身分野とし、様々な有機薄膜、固体、これらの表面・界面の電子状態研究に関する経験を有する放射光実験のエキスパートが参加する。しかし、残念ながら分光光学系設計の専門家は含まれていない。このためビームライン(分光光学系)の設計に関しては、それを専門とするグループの協力をお願いしたい。
尚、マシンタイムがあり、実験サポートがあれば、有機材料の放射光利用光電子分光、NEXAFS 実験を希望する大学研究者、民間企業研究者は多数おられることを注記したい。