09 物性科学

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スピン分解光電子分光

学術的意義・発展性

スピン・角度分解光電子分光(SARPES)は、物質に光を入射しすることによって放出される電子の運動エネルギー、波数、およびスピンを分解して、物性を支配するスピンに依存した電子状態を実験的に明らかにすることの出来る有力な手法である。このようなスピンに依存した電子状態は、たとえば巨大磁気抵抗効果を示す金属人工格子や、巨大トンネル磁気抵抗を示すような強磁性金属と絶縁体の接合系の伝導現象を理解するためには不可欠なことである。ただし電気伝導のような低エネルギースケールの現象を電子論的に理解するためには、フェルミ分布関数のエネルギーの拡がりが30meV 程度であるので、エネルギー分解幅としてはそれ以下のものが必要になってくる。基本的にSARPES の測定効率は通常の光電子分光と比較して10-4 程度なのでこれまではエネルギー分解能を犠牲にして、強度を稼ぐ必要があったため、電気伝導現象に関連するようなフェルミレベル近傍の電子状態の詳細な議論は難しかった。第3世代の放射光源から発生する、高輝度放射光を用いれば上記のような実験が可能になると思われ、SARPES の発展性が期待できる。

国際競争力

固体の SARPES 実験は、日本では現在のところフォトンファクトリーのアンジュレータビームラインに設置している東京大学所有の装置を用いてのみ行える。ドイツの研究者を中心に SARPES 装置の開発が行われてきており、成果も十分挙げられてきたが、上記のようにエネルギー分解能を犠牲にして測定を行わざるを得なかった。ところが、第3世代の放射光施設が各国で実現されてからは、高輝度放射光を用いた SARPES 実験によるスピンに依存した固体の電子状態の研究を行う例が出てきている。例えばフランスの ESRF やアメリカ合衆国の ALS ではすでに成果を出している。ESRF では円偏光軟X線放射光で励起した内殻励起のスピン分解光電子分光をターゲットにしており、特に銅酸化物のフェルミレベルの電子状態を解明した最近の結果は世界の注目を集めた。一方、ALS では、磁性薄膜のスピン分解光電子分光を進めている。その中で日本でターゲットにするべき研究は、高輝度放射光を用いて、非常に高エネルギー分解能で SARPES 実験を行い、スピンに依存したフェルミ面の実験的なマッピングを行うことが重要であると思われ、国際的にも類を見ないと考えられる。

高輝度の必要性

先に述べたように、スピン分解光電子分光実験の測定効率は通常の光電子分光のものと比較して約1万分の1である。そにためにも高輝度アンジュレータの利用は必須であることは言うまでもない。また、物質の電気伝導性と電子状態との関連を調べるためには、入射光と光電子の全エネルギー分解能が室温(300K)でのエネルギーのボケ約E=30meV よりも良い必要がある。このエネルギー分解能で実験を行うには、入射光として毎秒1013光子の光強度が必要である。

技術的な実施可能性

日本では、先駆的に東京大学物性研究所で「スピン分解光電子分光」装置の開発が行われ、第2 世代フォトンファクトリーのアンジュレータビームラインで成果が挙げられた。そこで十分経験を積んだスタッフが今回の極紫外・軟X線放射光利用計画のメンバーに加わっている。また、高分解能光電子分光装置と、スピン検出器を組み合わせることで、第3世代放射光実験施設において高分解能でスピン分解光電子分光実験を行うことは十分可能であると考える。

その他

固体の電子状態の軌道対称性を分離してSARPES 実験を行うためには、まず直線偏光の利用は必須である。さらに、あらゆる対象性を持つ電子軌道にアクセスするためには、放射光軌道面に水平および垂直に偏光した両方の直線偏光が必要であろう。また、円偏光放射光を用いれば、強磁性体だけではなく、例えば高温超電導体のような非磁性体でもSARPES 測定が可能であり、最近ではその重要性が認識されてきている。その意味でも円偏光の利用も多いに必要であるので、結果的に偏光を自在に制御できる可変偏光アンジュレータの利用が望まれる。