バルク敏感フェルミオロジー
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学術的意義・発展性
今日いくつもの強相関係物質は磁気記録、高温超伝導、あるいはナノテクノロジーのための機能性物質として注目を集めている。特にそのバルクの電子状態の理解が強く求められている。これは表面機能材料が表面電子状態の理解を求められているのと対照的である。電子状態を詳細に理解するには伝導、比熱、帯磁率、ドハースファンアルフェン効果、コンプトン散乱、X線非弾性散乱、発光など多数の手段があるが、もっとも直接的な研究手段として光電子分光法がある。なかでも角度分解光電子分光によるフェルミオロジーの発展は著しい。本課題では軟X 線を用いた価電子帯の角度分解光電子分光を志向する。その理由は3 次元物質の遷移金属化合物や希土類化合物ではその表面電子状態とバルク電子状態が著しく異なることが多く、100eV 近辺から20eV領域の光エネルギーでの励起では光電子の平均自由行程が0.3nm 程度と小さく表面電子帯の分散や表面のフェルミ面観測に陥る危険性があるからである。数百から1,000eV の光を用いることで平均自由行程を1nm以上にとることができるので、多くの物質でバルク敏感なフェルミオロジーが可能となる。その点で低エネルギーの角度分解光電子分光よりはるかに研究目的にかなった究極の研究手段である。すでに SPring-8 BL25SU において先駆的な研究がなされ世界的注目を集めており、ESRF、APS も追随する方向にある。このように学問的意義ならびに発展性については疑問の余地が無い。しかしながら低エネルギー角度分解光電子と比較すると、光電子励起断面積が桁落ちするために、極めて高い光強度を必要とするほか、エネルギー分解能を高くしないとフェルミオロジーの意味が薄れることから、分光光学系に優れた装置開発を必要とする。幸い低エネルギーリングでは周期長の短いかつ周期数の多い平面アンジュレーターを装備することで軟X 線領域をカバーできるので直線偏光励起に関する限りSPring-8 よりより有利な立場にある。 |
国際競争力
すでに SPring-8 のBL25SUにおけるバルク敏感角度分解光電子分光が世界をリードしているので、低エネルギーリングで周期数の多いさらに高い輝度の直線偏光軟X線を用いた実験系を早急に整備すれば国際競争力は十分に確保できる。ただし既存の BESSY、ALS、MAXII 等々の光源を用いても同様な実験は原理的に可能であるので、国際競争力を有するためには、いかに熱負荷の小さい従って光学系の安定性の高い実験装置を開発するかが必須の条件である。安定性に対する技術開発無しでは SPring-8 の現状の装置を超えることは難しい。なお目標とすべきエネルギー分解能は1,000eV で 20-30meV であろう。 |
高輝度の必要性
バルク敏感フェルミオロジーのためには軟X線域で光イオン化断面積の減少を補える程度の高い光強度が必須である。この場合に必要なのは光子数であって高輝度そのものではないが、高い光強度は必然的に高輝度光源によってもたらされるものである。つぎに軟X線光学素子を用いて高いエネルギー分解能を実現するには、光学系のスロープエラーを小さくするとともに、熱負荷対策が必須である。高輝度は光学素子の照射面積が小さくてすむ利点があるので大面積にわたってのスロープエラーの制御の困難さを緩和できる。また特殊なアンジュレータを用いることで高輝度でかつ熱負荷の小さな直線偏光を得る技術も開発されているのでこれを活用すべきであろう。さらに微小スポットへの集光を可能にすることはナノ材料の光電子分光には必須の条件であるがこれは高輝度光源以外では実現不可能である。 |
技術的な実施可能性
すでにSPring-8 に見本があるので実現上の困難は少ない。ただし直線偏光光源の熱負荷対策は真剣に取り組む必要がある。 |
その他
フェルミオロジーの点では、同じ試料に低エネルギー放射光を当てた表面敏感超高分解能角度分解光電子分光と、軟X線を当てたバルク敏感角度分解光電子分光を切り替えて使える系を開発することが望ましい。 |