02 ナノ・材料科学

一覧へマップへ

ナノ磁性体の光電子顕微分光

学術的意義・発展性

ナノテクノロジー分野のなかでもナノ磁性体はきわめて重要な領域のひとつである。次世代の高密度ハードディスクの媒体および読み取りヘッドとしては、垂直磁化材料の自己組織化ナノドットおよび強磁性・反強磁性多層膜を利用したナノTMR 素子が注目を集めている。一方、電子のスピンの自由度を利用した新しいデバイス技術として注目されているスピントロニクスの実現のために、ハーフメタルや強磁性半導体およびそのナノ構造が盛んに研究されている。光電子顕微分光は、これらのナノ磁性体の電子的・磁気的特性を調べるとともにその発現機構を解明するための非常に有力な手法である。本計画ではまず、軟X 線磁気円(直線)二色性(XMC(L)D)顕微分光で強磁性・反強磁性両方の磁区の分布を元素選択的に約20 nm の従来をしのぐ高い空間分解能で明らかにする。さらに、ナノ磁性体の特性を支配する電子状態、なかでもサイズ依存性を解明するために角度分解光電子分光(ARPES)およびスピン分解光電子分光(SRPES)を行う。近い将来の発展性としては、ナノサイズの光源を利用した個々のナノ構造の光電子分光や、定在波法を用いた膜厚方向の空間分解能を持つ分光を行うことを目指す。

国際競争力

ナノ磁性体分野の国際競争は非常に激しいが、下記のように放射光利用研究とナノ試料作製で国際的にも評価されている国内の研究者が有機的に協力することで、高い国際競争力を維持できると期待される。XMCD 顕微分光では、SPring-8 やPF での光電子顕微鏡(PEEM)による研究実績を持つ複数の研究グループが協力して、高効率分光器とエネルギー分解型PEEM のビームラインを立ち上げることが可能で、世界最高水準の分解能の実験を実現できる。ARPES やSRPES は単独のビームラインとはせず他の研究グループと共同でビームラインを立ち上げることで競争力を高める。試料作製は、分子線エピタキシー(MBE)と電子線やイオンビームによるナノ構造加工や自己組織化ナノ構造作製の実績豊富な複数のグループが担当する。なかでも、ARPES やSRPES は表面敏感なためその場(in situ)試料作製が不可欠であるが、試料作製グループの協力によって実験ステーションの試料準備・評価装置を整備することでこれを実現し、高い国際競争力を発揮することができる。

高輝度の必要性

PEEM によるXMC(L)D 顕微分光においては、例えば遷移金属の2p 内殻領域において光エネルギーを連続的に変化させながらPEEM 像を測定し、光源の偏光を変えてこれを繰り返すことが必要である。世界最高水準の実験を行うには、20 nm 程度の空間分解能の実験が0.1 eV 程度のエネルギー分解能で行える必要がある。効果的な研究のためには、1 時間程度でこのような測定が行える必要がある。このためには、光エネルギー700 eV程度においてE/E ~ 7000 で試料位置で光量1 × 1015 photons /sec 程度が10 × 10m2 の領域に集光されている必要がある。同様の光量があれば、電子・磁気状態の空間分布の時間変化を数十ms の時間分解能と数十nm 程度の空間分解能で観察することも可能となる。一方、ナノサイズの空間分解能でのPES を行うには、20-150 eV程度の光エネルギー領域(E/E ~ 10000)程度において、ピンホールとフレネルゾーンプレート(FZP)の組み合わせによって試料上の数十nm の領域に1 × 1013 photons /sec 程度が集光される必要がある。

技術的な実施可能性

PEEM を用いた顕微分光に必要なビームライン性能すなわち上記の光分解能と集光サイズは従来の回折格子分光器といわゆるK-B 集光系の組み合わせで実現可能である。光電子顕微鏡装置としては、ELMITEC 社製のX- PEEM あるいはSPELEEM 装置を導入し低エネルギー光電子のエネルギー分解を行うことで、従来空間分解能が100 nm 程度であった700 eV 程度の高エネルギー励起光に対しても20 nm の分解能を実現できる。一方ナノサイズの光源を用いた分光についても、最近の高効率分光器とFZP の技術革新から判断すると1-2 年程度の技術開発を経て実現可能と考えられる。

その他

20 nm の空間分解能を目指すXMC(L)D 顕微分光ビームラインは、当該分野の研究者を中心に立ち上げを行うことを考えている。一方PES およびSRPES のうちナノ光源を必要としない実験については、これらを行う利用グループ(物性- 1, 2, 4)と共同で装置の試料準備槽の整備を行う。さらにナノ光源を用いた研究については、同様の需要を持つ利用グループとの共同体制で開発を行うことが早期の実現のために最も適当であると考えている。