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高い移動度をもつ二次元正孔伝導を酸化物で初めて実現 ~高機能酸化物エレクトロニクスの実現へ新たな道を開拓~

東京大学

発表のポイント

  • 酸化物半導体の表面に数原子層の鉄の薄膜を室温で蒸着し、それを大気にさらして酸化することにより形成した酸化鉄と酸化物半導体の界面に、高い移動度をもつ二次元正孔伝導(p型伝導)層が形成されることを発見しました。
  • 今まで酸化物中の正孔に対して報告されてきた値の中で最も高い移動度(10 Kにおいて約24,000 cm2/Vs)が得られました。鉄の膜厚をわずかに増やすだけで、伝導型がp型からn型に変わり、伝導型を制御できることも明らかにしました。
  • この発見により、酸化物中の正孔伝導に関連した物理現象の理解が飛躍的に進むものと期待されます。また、酸化物界面を利用したpn接合ダイオードやトランジスタなどの新しいデバイスや、それらの集積回路を、非常に簡単かつ安価に作製できるようになると期待されます。

発表概要

東京大学大学院工学系研究科のレ デゥック アイン (Le Duc Anh) 助教、金田真悟大学院生、田中雅明教授、大矢忍准教授のグループと、関宗俊准教授、田畑仁教授のグループ、および東京大学物性研究所の徳永将史准教授は、酸化物半導体の表面上に高い移動度を持つ二次元正孔伝導(注1、2)を実現することに初めて成功しました。研究グループは汎用性が高いチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)基板の表面上に、超高真空下で0.25 nm以下の極めて薄い鉄の薄膜を室温で蒸着し、それを大気にさらして酸化鉄(III)(注3)を形成しました。SrTiO3と酸化鉄(III)はともに絶縁体ですが、これらの界面で、非常に高い移動度(注4)(10 Kにおいて約24,000 cm2/Vs)をもつ二次元正孔伝導(p型伝導)が起こることを明らかにしました。SrTiO3と他の酸化物の界面では、高移動度の二次元電子伝導(n型伝導)が起こることが良く知られていますが、このような高い移動度をもった正孔伝導が観測されたのは今回が初めてです。また鉄の膜厚が0.25 nmよりわずかに厚いと、伝導の二次元性が保たれたままp型伝導がn型伝導に変わること、つまり伝導型を膜厚で制御できることも明らかにしました。本研究により、酸化物を用いて高い移動度をもつp型半導体とn型半導体からなるダイオードやトランジスタなどの高性能な電子デバイスを実現でき、それらにより構成される集積回路を、酸化物基板上に非常に安価に実現できるようになることが期待されます。

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研究グループが作製した試料の構造(左)と移動度の温度依存性(右)

図1 研究グループが作製した試料の構造(左)と移動度の温度依存性(右)。
SrTiO3基板の表面上に、超高真空下で0.25 nm以下の極めて薄い鉄薄膜と1 nmの膜厚のアルミニウムの薄膜を室温で蒸着し、大気にさらすことにより酸化させて、酸化鉄(III) (FeOy, y ≈ 1.5)と酸化アルミニウム(AlOx)の薄膜を形成します。SrTiO3と酸化鉄はともに絶縁体ですが、今回、これらの界面で非常に高い移動度をもった二次元正孔伝導(p型伝導)が起こることが分かりました。正孔の移動度は低温で~24,000 cm2/Vsに達しており、今まで報告されてきたすべての酸化物の正孔移動度の中で最も高い値が得られました。

発表内容

固体の界面には、その物質自体には見られないようなさまざまな有用な物性が潜んでいることがあります。例えば、絶縁性を示す酸化物であるチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の表面に、絶縁体であるアルミン酸ランタン(LaAlO3)の薄膜を形成すると、それらの界面で、非常に高い移動度をもつ二次元電子伝導(n型伝導)が起こることが良く知られています。この界面では、超伝導、強磁性、巨大熱電効果、量子ホール効果などといった興味深い現象が観測されています。これらの現象は、基礎物性の観点からだけでなく、電子デバイスへの応用の観点からも注目されています。この高い移動度をもつ二次元電子の伝導性に加えて、酸化物ならではの多様性に富んだ物性を組み合わせることより、現在のシリコンベースのエレクトロニクスに新たなパラダイムシフトをもたらすことができると期待されています。一方で、現在実用化されている電子デバイスの多くが、n型伝導とp型伝導の組み合わせによりそれらの機能が実現されていることからも分かるように、電子デバイスとして用いるためには、n型だけでなく、p型伝導を実現することも重要です。しかし、SrTiO3基板上ではn型伝導は実現できるものの、二次元正孔伝導(p型伝導)を実現することは今まではできませんでした。高移動度のn型伝導が容易に実現できるのに対して、高移動度のp型伝導の実現が困難であることは、酸化物の研究における一つの謎であり、酸化物を用いたエレクトロニクスの実用化においても大きな課題となっていました。

① 研究内容

本研究グループは、酸化物半導体の表面上に高い移動度をもつ二次元正孔伝導を実現することに初めて成功しました。研究グループは、汎用性の高いチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)基板の表面上に、超高真空下で0.25 nm以下の極めて薄い鉄の薄膜を室温で蒸着し、それを大気にさらすことにより酸化して酸化鉄(III)(FeOy, y ≈ 1.5)を形成しました。SrTiO3と酸化鉄(III)はともに絶縁体ですが、本研究は、これらの界面において非常に高い移動度(10 Kにおいて約24,000 cm2/Vs)をもった二次元正孔伝導が起こることを明らかにしました。また、鉄の膜厚を0.25 nmからわずかに増やすだけで、二次元伝導性が保たれたまま、伝導型がp型からn型に変化することも判明しました。従って、例えば、同じSrTiO3基板上の異なる領域に異なる膜厚の酸化鉄層を形成することによって、高移動度のp型伝導領域とn型伝導領域を同一基板上に同時に実現することが可能となります。本研究によって、酸化物基板を用いて、酸化物で見られるさまざまな有用で興味深い現象を取り込んだ新しい高性能デバイスを実現したり、それらを用いた電子回路を集積したりすることができるようになることが期待できます。

② 社会的意義・今後の予定

本研究で正孔に対して得られた移動度(~24,000 cm2/Vs)は、今まで酸化物で報告されてきた値の中で最も高い正孔移動度です。従来、SrTiO3基板と他の酸化物の界面に二次元電子伝導が誘起されることは良く知られていましたが、二次元正孔伝導は実現できていませんでした。酸化物界面における二次元電子伝導に対しては、超伝導、強磁性、大きな熱電効果、トポロジカル性などのさまざまな興味深い現象が今までに報告されています。本研究のように、二次元伝導が正孔によって担われている場合に、このような物理現象がどのように変わるか全く分かっておらず、今後、新たな研究が展開されていくことが期待されます。さらに、本結果は、同じ酸化物基板上にp型とn型の高移動度の二次元伝導層を、非常に簡易かつ安価に作製できることを意味しており、酸化物をベースとした新しいエレクトロニクスを実現する上での大きな一歩であると言えます。この基礎技術は、将来の半導体産業や情報社会を支える基盤技術として広く応用できる可能性があります。

発表論文誌:

  • 雑誌名:Advanced Materials
  • 論文タイトル:High-Mobility Two-Dimensional Hole Gas at an SrTiO3 Interface
  • 著者:Le Duc Anh, Shingo Kaneta, Masashi Tokunaga, Munetoshi Seki, Hitoshi Tabata, Masaaki Tanaka and Shinobu Ohya
  • DOI:10.1002/adma.201906003

用語解説:

(注1)正孔:
半導体結晶では基本的に、原子と原子の間の結合にはすべて電子が詰まっている。そのため、半導体はそのままの状態では絶縁体となっている。この状態に電子を加えると、加えた電子が動き回ることで伝導(n型伝導)が起こる。一方、もともとの半導体結晶から一部の電子を取り除くと、電子が不足している部分があたかも正電荷を持った「穴」のように結晶中を動き回ることにより伝導(p型伝導)が起こる。この穴のことを正孔と呼ぶ。
(注2)二次元電子、二次元正孔:
 半導体中で二次元の平面内に電子が分布する状態を二次元電子状態あるいは二次元電子系という。半導体と絶縁体の接合や異なる半導体同士の接合(ヘテロ接合)等でみられ、シリコンMOSトランジスタ(Si-MOSFET)の反転層や高電子移動度トランジスタ(HEMT)のチャネルに用いられる。キャリアが電子ではなく正孔の場合は、二次元正孔という。最近、絶縁性酸化物であるチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)と他の物質からなる界面でも二次元電子が存在することがわかり、さまざまな物性を示すことから注目されている。しかし、信頼性と品質の高い二次元正孔は実現されていなかった。
(注3)酸化鉄(III):
鉄 (Fe)原子は、Feを含む化合物の種類によって異なる価数(価電子の数)をもち、2価または3価になりやすい。すなわちFeの原子から2個または3個の電子がはがれてFe2+またはFe3+になりやすい。本研究で鉄を酸化してできる酸化鉄の化学式はFeOy (y ≈ 1.5)、すなわちFe2O3に近いと考えられ、Feは主に3価であるので、酸化鉄(III)と表記している。
(注4)移動度:
電場により、電子や正孔が結晶中を移動するときの、移動のしやすさを表す値。基本的には、移動度が大きい物質を用いると高速で高性能のデバイスを実現できる。
(公開日: 2020年02月28日)