日本から発見された新鉱物たち(その他) » 電子顕微鏡室/Electron Microscope Section

日本から発見された新鉱物たち(その他)

 

鉱物種は承認されてしまえば未来永劫その立場が保証されるという訳ではなく、あるタイミングで整理が行われ独立種の立場が消えることがある。また不確かな情報が元になっている鉱物種もある。

新鉱物として承認された後に何らかの事情で取り消しになった、存在が疑われている、新種に該当するデータはあるが新鉱物として認められていない、IMAリストで産地がJapanとなっているが詳細が不明、領土問題などなど、ここではそういった鉱物を扱う。

そんな鉱物たちだが、その写真や経緯などを記しておきたい。

承認されている日本の新鉱物(一覧)はこちら

IMA No./year: オフィシャルリストに掲載されている(た)年に準拠。改訂があるものは「発見年(リストに記載の数字)」としてある。年の後についている「s.p.」は再定義・再命名・再承認などがあったことを意味している。

名前は「和名 / 学名」で掲載。

一覧表の鉱物をクリックすればそこへ、写真をクリックすれば保存先のFlickrからフルサイズが見られる。

写真掲載を優先し、レビュー文は後に更新。
フォーマットはレビューを行ったときに統一する予定。

写真の利用はhamane*へお問い合わせください(*@issp.u-tokyo.ac.jp)。
質問などもそこへ。

_


一覧

  1. 磁硫鉄鉱 / Pyrrhotite (1835)
  2. 小藤石 / Kotoite (1939)
  3. 雲水峰石 / Uduminelite (1950)
  4. 苦土リーベック閃石 / Magnesio-riebeckite (1957?)
  5. 中瀬鉱 / Nakaseite (1960)
  6. ブセル石 / Buserite (1970-024)
  7. 水酸エレスタド石 / Hydroxylellestadite (1971)
  8. 苦土ジュルゴルド石 / Julgoldite-(Mg) (1973s.p.)
  9. 南石 / Minamiite (1982)
  10. 釣魚島石 / diaoyudaoite (1985-005)
  11. フッ素ソーダローメ石 / Fluornatroroméite (1996)
  12. レニウム鉱 / Rheniite (1999-004a)
  13. ストロンチウムトムソン沸石 / Thomsonite-Sr (2000-025)
  14. クドリャブ鉱/ Kudriavite (2003-011)
  15. アブラモフ鉱 / Abramovite (2003-042)
  16. カドモインド鉱 / Cadmoindite (2006-016)
  17. ジナメンスキー鉱 / Znamenskyite (2014-026)
  18. 謝辞

_


IMA No./year: 1835
IMA Status: G(grandfathered)
模式標本:不明
状況:オフィシャルリストで模式地が「Japan」となっているが理由が不明。

磁硫鉄鉱 / Pyrrhotite

Fe7S8

模式地:記事執筆の2018年4月の時点でオフィシャルリスト上では「Japan」(経緯を調べると埼玉県秩父鉱山赤岩が想定されている可能性あり)

第一文献:Breithaupt J.F.A. (1835) Ueber das verhältniss der formen zu den mischungen krystallisirter körper. Journal für Praktische Chemie, 4, 249-271.

第二文献:de Villiers J.P.R., Liles D.C. (2010) The crystal-structure and vacancy distribution in 6C pyrrhotite. American Mineralogist, 95, 148-152.

Pyrrhotite
愛媛県久万町高殿

現時点(2018年4月)でIMAのオフィシャルリストには磁硫鉄鉱 / Pyrrhotiteの模式地が日本で掲載されているので、日本の新鉱物(その他)に分類した。しかし鉱物研究者や愛石家の誰もがこれを日本産新鉱物と認識していない。それでも模式地が日本となっているのはどういう事情だろうか。磁硫鉄鉱をひとまず日本の新鉱物(その他)に分類し、調べたことを記してみよう。

磁硫鉄鉱の学名Pyrrhotiteはギリシャ語で火のような色を意味する「Pyrrhos」から名付けられたとされる。ドイツ語で記された1835年の第一文献には「Pyrrotine」となっており、産地について少なくとも日本の記述はない。オフィシャルリストに掲載されている第二文献は結晶構造を議論した論文であり、この研究に用いられた試料は南アフリカ産の磁硫鉄鉱である。これらの研究が模式国が日本になっていることの理由ではなさそうだ。

さて磁硫鉄鉱は鉱物種としては1種類なのだが、結晶構造にはいくつかのバリエーションが知られている。こういうのをポリタイプ(多形)と言って、結晶構造で分類することもできる。ポリタイプの解明には日本人研究者の貢献が大きい。1970年における森本らの報告にはPyrrhotite-4C, Pyrrhotite-5C, Pyrrhotite-6C, Pyrrhotite-11Cが記されている[1]。一方でこの論文には日本産の試料は使われておらず、またこの論文は第二文献中での引用はされていない。代わりに1975年の森本らの論文[2]が第二文献中で引用されている。

第二文献中で引用されている森本らの論文[2]は、日本産の磁硫鉄鉱を扱っている。森本ら[2]は天然の磁硫鉄鉱を調べて、もっとも普遍的に出現するのはPyrrhotite-4Cであることを明らかにした。そしてこのPyrrhotite-4Cの試料で頭に登場するのは秩父鉱山赤岩から採集された磁硫鉄鉱である。このことから磁硫鉄鉱の模式国が日本と設定されているのかもしれない。

写真の標本は愛媛県久万高原町で採集された標本になる。磁硫鉄鉱の産状としてはかなり異例で、モルデン沸石と玉随が共存している。構造は調べていない。

[1] Morimoto N., Nakazawa H., Nishigucmi K., Tokonami M. (1970): Pyrrhotites: Stoichiometric Compounds with Composition Fen–1Sn (nge8). Science, 168, 964-966.
[2] Mirimoto N., Gyobu A., Mukaiyama H., Izawa E. (1975) Crystallography and stability of pyrrhotites. Economic Geology, 70, 824-833.

一覧へ戻る


IMA No./year: 1939
IMA Status: G(grandfathered)
模式標本: The Natural History Museum, London, England, 1938,1286; Harvard University, Cambridge, Massachusetts, 94750; National Museum of Natural History, Washington, D.C., USA, 103502 (hand book of mineralogyから引用)
状況:記載当時は日本領であったが、現在では北朝鮮産の新鉱物として登録されている。

小藤石 / Kotoite

Mg3(BO3)2

模式地:朝鮮 遂安金山地方 笏洞鉱床 

第一文献:Watanabe T. (1939) Kotoit, ein neues gesteinsbildendes magnesiumborat, Mineralogische und Petrographische Mittheilungen, 50, 411-463.

第二文献:Effenberger H., Pertlik F. (1984) Verfeinerung der kristallstrukturen der isotypen verbindungen M3(BO3)2 mit M=Mg, Co und Ni (strukturtyp: kotoit). Zeitschrift für Kristallographie, 166, 129-140.

Kotoite1
模式地標本

kotoite2
上の標本の薄片写真(クロスニコル) 中央が本鉱

Kotoite3
岩手県宮古市 灰色の部分に小藤石は入っていた。

小藤石は朝鮮の遂安金山地方笏洞鉱床から渡辺武男によって見出された新鉱物であり、渡辺が北海道帝国大学に所属していた1939年に記載された。学名は遂安金山地方の岩石・鉱物について初めて学術的研究を行った、東京帝国大学の小藤文次郎の名にちなんで名付けられている。小藤石が記載された当時、産地は日本領であったが現在は北朝鮮に該当する。そうった経緯なので小藤石を日本の新鉱物(その他)に分類する。

小藤石の発見は渡辺の卒業研究に端を発する。東京帝国大学の学生であった渡辺は卒業研究のために1931年に遂安金山地方の笏洞(Hol Kol)鉱床に赴いた。そしてルドウィヒ石を含む岩石を多く採集し、その中に光学顕微鏡では同定できない鉱物が見出された。この未知鉱物を同定するための研究は、北海道帝国大学に就職していた渡辺がドイツのベルリン大学への留学することを契機として本格化する。渡辺は異国の地で不慣れな化学組成分析に挑み、未知鉱物は渡辺が当初想定していた珪酸塩鉱物ではなく、マグネシウム(Mg)を主成分とする硼酸塩鉱物であることが明らかとなった。そして1938年の夏にオーストリアGraz市で開催されたドイツ鉱物学会で、新鉱物・小藤石の論文が発表された[1]。1984年には小藤石の結晶構造の詳細が明らかとなる[2]。

小藤石はドロマイト鉱床へ花崗岩が貫入したことが成因となっているため、同じような環境があれば小藤石は日本でも見出されることは予想された。そして1955年になり、東京帝国大学に移っていた渡辺の研究室にいた加藤昭の手助けによって、岩手県宮古市のドロマイト鉱床から日本列島初産となる小藤石が見出されている[3,4]

上に示した写真の標本は原産地笏洞鉱床からの標本と、岩手県宮古市からの標本となる。肉眼的に小藤石は認識できないが、薄片の光学顕微鏡観察で小藤石ははっきり認識できる。おもしろいことに粒は同一方向に並び、同時に消光する傾向がある。文章下に示した写真は東京大学総合博物館に保管されている標本であり、小藤石発見の後に北海道帝国大学紀要に記された論文にその図説が掲載されている[5]。

小藤石 / Kotoite
北海道帝国大学紀要に掲載された小藤石の標本 東京大学総合博物館所蔵標本

小藤石標本のスケッチ
紀要に描かれている上の標本のスケッチ。実寸で描かれている。

[1] 第一文献
[2] 第二文献
[3] 渡辺武男, 加藤昭 (1956) 岩手県宮古市根市ドロマイト鉱山の小藤石について. 地質学雑誌, 62, 394.
[4] 渡辺武男 (1958) ドロマイト接触帯スカルンに伴うマグネシウム硼酸塩鉱物の産状と共生について.鉱物学雑誌, 3,747-762.
[5] Watanabe T. (1942) Geology and Mineralization of the Suian District, Tyôsen (Korea) : The Geology of the Suian Gold Mining District (3rd Report). Journal of the Faculty of Science, Hokkaido Imperial University. Ser. 4, Geology and mineralogy, 6, 205-303.

一覧へ戻る


IMA No./year: 1950
IMA Status: Q(questionable)
模式標本:不明
状況:データ不足で存在が怪しまれている。

雲水峰石 / Uduminelite

Ca3Al8 (PO4)2O12·2H2O

模式地:福島縣石川郡小鹽江村埋平の東方、 雲水峰の東南山嘴(原文まま)

第一文献: 柴田秀賢(1950) 新鉱物雲水峰石,地質学雑誌, 56, 243.

第二文献: Fleischer M (1973) New mineral names. American Mineralogist, 58, 805-807.

「未入手」

東京文理科大学の柴田秀賢は福島県雲水峰のペグマタイトから新鉱物を見いだしたことを主張し、それを雲水峰石 / Udumineliteと名付けた。それは国際鉱物学連合が設立する以前の発見であった。国際鉱物学連合が成立した後にそれ以前の新鉱物は改めて承認・否定の判断が下されるのだが、雲水峰石はデータ不備がありながらも化学組成について新規性があったため、明確に否定とはならなかった。そのため現時点(2018年4月)ではオフィシャルリストにその名が掲載されている。一方でIMA Statusは「Q: questionable」となっており、その存在には疑問が抱かれている。雲水峰石を日本の新鉱物(その他)に分類し、文献を読んでみた。

文献上での初出は地質学雑誌であるが、内容は論文ではなく、学術講演会の要旨である。記述は簡潔で、雲水峰石についてはペグマタイト中に生じ、斜方晶系で[110]劈開を持つ淡青色針状結晶という記述が見て取れる。柴田は後に自らの著書でも雲水峰石に触れており、試料が少量のため詳しい鉱物学的検討ができなかった旨が記されている[2]。第二文献には雲水峰石について光学性が記されているが[3]、これは地質調査所が発行したIntroduction to Japanese Minerals中の記述を引用した内容である[4]。その中で雲水峰石は日本産新鉱物ではなく、「日本から最初に発見されたが疑問符が付けられた鉱物」に分類されている。

写真は掲載できなかった。個人として雲水峰石の標本は所有しておらず、近しい関係者のなかで所有している方もいなかった。一方でIntroduction to Japanese Mineralsには櫻井標本の雲水峰石の写真が掲載されているので、櫻井標本の現保管機関の国立科学博物館には雲水峰石標本が現存していると思われる。

[1] 第一文献
[2] 柴田秀賢 (1967) 日本岩石誌II, 深成岩(2) 花崗岩類, 朝倉書店, pp.377.
[3] 第二文献
[4] Shibata H. Uduminelite. In Introduction to Japanese Minerals, Geological Survey of Japan, 126-127.

一覧へ戻る


IMA No./year: 1957? (2012s.p.)
IMA Status: Rd(redefined)
模式標本: 設定なし
状況:日本産標本の研究で初めてこの名前が使用されたが、新種という発表ではない。

苦土リーベック閃石 / Magnesio-riebeckite

☐Na2(Mg3Fe3+2)Si8O22(OH)2

模式地: 記事執筆の2018年4月の時点でオフィシャルリスト上では「Japan」(徳島県眉山が想定されている可能性あり)

第一文献: Miyashiro A., Iwasaki M. (1957) Magnesioriebeckite in crystalline schists of Bizan in Sikoku, Japan. Journal of the Geological Society of Japan, 63, 698-703.

第二文献: Whittaker E.J.W. (1949) The structure of Bolivian Crocidolite. Acta Crystallographica, 2, 309-311.

苦土リーベック閃石 / Magnesio-riebeckite
徳島県徳島市眉山

苦土リーベック閃石 / Magnesio-riebeckite
新潟県糸魚川市金山谷

苦土リーベック閃石は角閃石超族の一種で、現時点(2018年4月)では「Japan」が模式地としてオフィシャルリストに掲載されている。一方で日本産鉱物型録(国立科学博物館叢書)やIntroduction to Japanese Minerals(地質調査所)においても苦土リーベック閃石は日本産新鉱物として扱われていない。そのため苦土リーベック閃石を日本の新鉱物(その他)に分類することにし、調べた内容を記す。

リーベック閃石 / Riebeckiteは、ドイツ人探検家・鉱物学者・民俗学者のEmil Riebeck (1853-1885)にちなんで1888年に名付けられた角閃石であり[1]、端成分の化学組成は☐Na2(Fe2+3Fe3+2)Si8O22(OH)2と設定されている。そしてリーベック閃石に対してMg > Fe2+となる角閃石について、苦土(magnesio)という接頭語をつけて便宜的に呼ばれた角閃石が苦土リーベック閃石であって、実は苦土リーベック閃石は新種として命名・発表された経緯を持たない。それでも苦土リーベック閃石は世界各国から産出が知られるようになり、その名前は主に岩石記載で使用され、たとえば「苦土リーベック閃石曹長岩」というように岩石の特徴を示す目印のように使われる。そして初めて角閃石超族命名規約[2]が誕生したときに、苦土リーベック閃石は独立種の扱いを受けて現在に至っている。

それでは苦土リーベック閃石という「名前」はいつ誕生したのだろうか。その名前は1957年に出版された論文で初めて登場する[3,4]。東京大学の都城秋穂と徳島大学の岩崎正夫は徳島県眉山から採集された角閃石の特徴を報告し、それを「Magnesioriebeckite」と記した。また都城は同年に公表された東京大学理学部紀要でもMagnesioriebeckiteの名称を用いた[4]。二つの論文はお互いを引用してあり出版の前後関係はわからないが、1957年にMagnesioriebeckiteという名前が初めて使用されたことは確かである。この経緯からオフィシャルリストにおいて模式地がJapanとなっているのかもしれない。

しかしながら鉱物はそれが初めて記載された産地を模式地とすることが通例である。1949年に出版された第二文献はボリビア産の標本を扱い、名前こそCrocidoliteとしているが、その実体は苦土リーベック閃石である[5]。また最近になってイタリア産試料を用いた記載論文が出版された[6]。著者らは苦土リーベック閃石について初めての完全な鉱物学的記載であることを強調している。研究の順に習えば模式地はボリビア、名前の順であれば日本、より完璧な内容であればイタリアということになろうか。模式地は今後どういう扱いになるかわからない。

最後に最新の命名規約での苦土リーベック閃石の立ち位置も解説する。最新の命名規約では「マグネシウムおよびアルミニウム優占種にルートネームを与える」ことになっている。これに従うとリーベック閃石というのは、今のルールではフェロフェリ藍閃石 / Ferro-ferri-glaucophane という名前になるべき角閃石であり、苦土リーベック閃石はフェリ藍閃石 / Ferri-glaucophaneという名前になるべきである。ところがこの命名規約は岩石学的にすでに重要な地位が確立されている種に関しては例外を設けており、リーベック閃石はその例外が適用され名前が残った。苦土の接頭語を付けることもやはり例外的な処置であり、結果的に苦土リーベック閃石の名前は誕生から今日まで生き残っている。ただし今の学名ではMagnesio-riebeckiteのように接頭語とルート名はハイフン”-”でつながれる。オフィシャルリストに掲載されている年代の2012s.p.というのはこの年に命名規約が成立した(出版された)という意味である。

一枚目の写真は徳島県眉山から採集された標本で、青色の板状~柱状結晶が片岩に埋もれている。二枚目の写真は新潟県糸魚川市金山から得られた標本で、奴奈川石や青海石を産する曹長石岩を母岩とする。ここでは青色の針状結晶集合体で産出する。

[1] Sauer A. (1888) Ueber Riebeckit, ein neues Glied der Hornblendegruppe, sowie über Neubildung von Albit in granitischen Orthoklasen, Zeitschrift der Deutschen Geologischen Gesellschaft 40, 138-152.
[2] Leake B.E. (1978) Nomenclature of amphiboles. American Mineralogist, 63, 1023-1052.
[3] 第一文献
[4] Miyashiro A. (1957) The chemistry, optics, and genesis of the alkali-amphiboles, Journal of Faculty of Science, University of Tokyo, Section II, 11, 57-83.
[5] 第二文献
[6] Oberti R., Boiocchi M., Hawthorne F., Ciriotti M.E. (2017) Magnesio-riebeckite from the Varenche mine (Aosta Valley, Italy): crystal-chemical characterization of a grandfathered end-member. Mineralogical Magazine, 81, 1731-1437.

一覧へ戻る


IMA No./year: 1960
IMA Status: –
状況:現在は独立種を否定されているが、国立科学博物館が発行した型録などでは新鉱物という扱いで掲載されている。

中瀬鉱 / Nakaseite

Pb4Ag3CuSb12S24

産地:兵庫県 養父市 中瀬鉱山(旧・関宮町)

Nakaseite
中瀬鉱山

中瀬鉱は1960年に新鉱物として発表されたが、1962年には名前が抹消されている。そのため中瀬鉱はIMAのオフィシャルリストには掲載されていない。しかしながら国立科学博物館が発行した型録ではいまだに日本産の新鉱物として扱われ、その名前も掲載されている。中瀬鉱を日本の新鉱物(その他)に分類し、学術文献をたどってみた。

兵庫県の中瀬鉱山から見いだされた鉱物は、1960年に東京大学の伊藤貞一と村岡久志によって新鉱物・中瀬鉱として論文で発表された[1]。中瀬鉱はアンドレ鉱 / Andoriteと化学組成が非常に近いながらも対称性で違いが認められたため、伊藤らは独立の名前を与えていた。その一方でAmerican Mineralogist誌上で中瀬鉱を批評したFleischerは、中瀬鉱という独立の名前を与えることに賛同せず、アンドレ鉱-24 / Andorite-XXIVと呼ぶべきだと主張した[2]。

中瀬鉱が新鉱物として発表された1960年当時は、新鉱物の審査体制がまだ確立されていなかった。IMAが新鉱物について審査するようになったのは1962年のことで、それ以前に発表された新鉱物については再審議が行われ、採否は改めて宣言されることになった。1959-1960年の期間に発表された新鉱物に対する再審議の結果は、1962年にMineralogical Magazine誌で掲載されている[3]。審議の詳しい内容は記されていないが、中瀬鉱の名前は全会一致でリジェクト(=否決)されたことが記されている。注意したいのはここでは名前だけの抹消であり、鉱物自体の独立性についてはまだ否定されていない。1970年に発表された地質調査所発行のIntroduction to Japanese Mineralsにおいて中瀬鉱は「日本から最初に発見されたが疑問符が付けられた鉱物」に分類されている[4]。

中瀬鉱の独立性はアンドレ鉱との比較において行われる。アンドレ鉱は一つのAgPbSb3S6という化学組成であってもc軸が4.26Å×4および×6が知られ、それぞれがアンドレ鉱-4 / Andorite-IVおよびアンドレ鉱-6 / Andorite-VIという別々の鉱物に分けられている。中瀬鉱については化学組成がPb4Ag3CuSb12S24 と発表されたが、アンドレ鉱のように均すと(Ag,Cu)PbSb3S6と書ける。またアンドレ鉱-24と呼ぶべきだと批評されたように、c軸が102Å = 4.26Å×24とされる。この102Åという周期がひとまとまりであれば中瀬鉱の独立性は担保されるのだが、再検討の結果、中瀬鉱の結晶構造はアンドレ鉱-6を基本としてアンドレ鉱-4が混じって構成されていることが判明した[5]。中瀬鉱の独立性はこの時点で消滅しており、新たな議論は見当たらなかった。そのため国立科学博物館が発行した型録[6]で中瀬鉱が新鉱物として掲載されていることは、学術的な理由ではなく、ひとえに著者の意向であろう。

写真は中瀬鉱山から産した、いわゆる中瀬鉱の標本となる。中瀬鉱とは銅をわずかに含むアンドレ鉱-6のことであり、その内部にアンドレ鉱-4が混じことがあるが、それは透過型電子顕微鏡でないと判別できない。肉眼的な外見上の特徴としては黒~暗灰色で金属光沢を持ち、貝殻上の割口を示すことが典型。

[1] Ito T., Muraoka H. (1960) Nakaseite, an andorite-like new minera. Zeitschrift für Kristallographie, 113, 94-98.
[2] Fleischer M. (1960) New Mineral Names. American Mineralogist, 45, 1313-1317
[3] Mineralogical Magazine (1962) International Mineralogical Associiation: Commission on New Minerals and Mineral Names. Mineralogical Magazine, 33, 260-263.
[4] Nakaseite. in Introduction to Japanese Minerals, Geological Survey of Japan, 130-131.
[5] Moëlo Y., Makovicki E., Karup-Møller S. (1989) Sulfures complexes plombo-argentifères : minéralogie et cristallochimie de la séria andorite-fizèlyite (Pb,Mn,Fe,Cd,Sn)3-2x(Ag,Cu)x(Sb,Bi,As)2+x(S,Se)6. Documents de BRGM, 167. Éditions de BRGM, Orléans.
[6] 松原聰, 宮脇律郎 (2006)日本産鉱物型録. 国立科学博物館叢書, pp.152.

一覧へ戻る


IMA No./year: 1970-024
IMA Status: A (approved)
状況:原著論文から産地にたどり着けない。

ブセル石 / Buserite

Na4Mn14O27·21H2O

模式地:北海道の湯の瀧温泉?

原著:Giovanoli R., Feitknecht W., Fischer F. (1971) Über oxidhydroxide des vierwertigen mangans mit schichtengitter. 3. Mitteilung: reduktion von mangan (III) – manganat (IV) mit zimtalkohol, Helvetica Chimica Acta, 54, 1112-1124

「未入手」

産地が判然としない。というよりもこの原著は合成実験の内容。すくなくともこの原著からはJapanにはたどり着かないし、オフィシャルリストのもう一つの引用Burns et al.(1983, American Mineralogist, 68, 972)にもやっぱり産地は書いてない。この合成物に相当する天然物が初めて見つかったのは太平洋海底の鉄マンガンクラストから(Ostwald and Dubrawski, 1987, Neues Jahrbuch für Mineralogie Abhandlungen, 157, 19)。続いて小笠原諸島の海底からも見つかった(Usui et al., 1989, Marine Geology, 86, 41)。それから北海道湯の瀧温泉から見つかって(Usui and Mita, 1995, Clays and Clay Minerals, 43, 116)、これが初めての地上からの試料となった。という流れでこの鉱物がJapan産とされたのではないかと推測しているが、詳細不明であるため、日本から発見された新鉱物たち(その他)に掲載。一方でIMA Statusは「Approved」、つまりは承認済みの有効な鉱物種。

一覧へ戻る


IMA No./year: 1971
IMA Status: A (approved)
状況:国産新鉱物としての立場は無くなった。

水酸エレスタド石 / Hydroxylellestadite

Ca5(SiO4)1.5(SO4)1.5(OH)

模式地:埼玉県 秩父市 秩父鉱山→アメリカ

原著:Harada K., Nagashima K., Nakao K., Kato A. (1971) Hydroxylellestadite, a new apatite from Chichibu Mine, Saitama Prefecture, Japan. American Mineralogist, 56, 1507-1518

水酸エレスタド石 / Hydroxylellestadite
秩父鉱山産 淡紫色部が本鉱

いったんは日本産新鉱物として承認されていたが、実はアメリカ産のものが先に報告されていた(McConnell, 1937, American Mineralogist, 22, 977)。McConnellの分析値を見る限りOHタイプ、つまりは本鉱と考えられる。HaradaらももちろんMcConnellは引用していたのだが、なぜかフッ素タイプとして想定・引用していて、それもあってか本鉱はいったんは国産新鉱物として承認された。でもその点を指摘されて結局はアメリカ産ということになった(Pasero et al., 2010, European Journal of Mineralogy, 22, 163)。

一覧へ戻る


IMA No./year: 1973s.p.
IMA Status: G(grandfathered)
模式標本:不明
状況:オフィシャルリストで模式地が「Japan」となっているが理由が不明。

苦土ジュルゴルド石 / Julgoldite-(Mg)

Ca2MgFe3+2(Si2O7)(SiO4)(OH)2·H2O

模式地:記事執筆の2018年4月の時点でオフィシャルリスト上では「Japan」

第一文献:Passaglia E., Gottardi G. (1973) Crystal chemistry and nomenclature of pumpellyites and julgoldites, The Canadian Mineralogist, 12, 219-223.

第二文献:設定なし

「未入手」

苦土ジュルゴルド石はオフィシャルリストで模式地が「Japan」となっている。その理由を調べてみようと文献を当たるも、現時点でその理由が全く不明。そのため苦土ジュルゴルド石を日本の新鉱物(その他)に区分した。

第一文献はパンペリー石とジュルゴルド石の分け方と名前の付け方を決定したという内容である。簡単に説明すると、結晶学的なXとYという席のなかで、Y席についてアルミニウム(Al) > 三価鉄(Fe3+)についてはパンペリー石、その逆のFe3+ > Alについてはジュルゴルド石というルート名にしましょう、そしてX席に入るマグネシウム(Mg)、二価鉄(Fe2+)、アルミニウム(Al)はルートネームの後ろにサフィックスで付けましょうという内容である。苦土ジュルゴルド石の学名はJulgoldite-(Mg)で、その意味としてXは三価鉄(Fe3+)で、Yがマグネシウム(Mg)となる。化学組成をすべて書くとCa2MgFe3+2(Si2O7)(SiO4)(OH)2·H2Oとなる。この論文が出版された1973年がオフィシャルリストに掲示されている年代となっている。

第一文献には18カ所からの分析データが掲載されている。そのうち7カ所が日本であるが、すべて(苦土・アルミニウム)パンペリー石である。また全体を見ても苦土ジュルゴルド石に該当する分析データは存在しておらず、そもそも苦土ジュルゴルド石については「あらかじめ組成式を設定したので、将来的に見つかったらその名前にしましょう」という約束事にすぎない。そして現時点(2018年5月)において、世界的にも苦土ジュルゴルド石に該当する鉱物が産出した記録は皆無である。

鉱物に関しては割と信頼性のあるMindat.orgというサイトを参照すると、苦土ジュルゴルド石の模式地は三重県鳥羽市菅島と書いてある。しかしその引用はやはり第一文献になっている。そのため再び第一文献を熟読したがどんなに読んでもそんなことは全く書いていない。もはやオフィシャルリストが誤っているとしか考えられない。

苦土ジュルゴルド石は現時点で名前だけの存在にすぎず、現物は実在しないため入手は不可能である。写真などあるはずもない。

一覧へ戻る


IMA No./year: 1982
IMA Status: –
状況:命名規約改定により独立種を取り消された。

南石 / Minamiite

(Na,Ca,K)Al3(SO4)2(OH)6

模式地:群馬県 奥万座 殺生沢

原著:Ossaka J., Hirabahashi J.-I., Okada K., Kobayashi R., Hayashi T. (1982): Crystal structure of minamiite, a new mineral of the alunite group. American Mineralogist、 67、 114-119

Minamiite
模式地標本

命名規約改定によりNatroalunite-2cと再命名。しかしながらこれはNatroaluniteという鉱物の2c構造型、つまりはポリタイプの扱いで独立種としては取り消し(Bayliss et al., 2010, Mineralogical Magazine, 74, 919)。

一覧へ戻る


IMA No./year: 1985-005
IMA Status: A (approved)
状況: 領土問題と人工物の可能性。

釣魚島石 / diaoyudaoite

NaAl11O17

模式地:Okinawa Trough, near Diaoyudao Island, a few km northeast of Taiwan

原著:Shen S., Chen L., Li A., Dong T., Huang Q., Xu W. (1986) Diaoyudaoite – a new mineral, Acta Mineralogica Sinica, 6, 224-227

「未入手」

台湾産として登録されているが、日本では魚釣島産となる。また天然の鉱物ではなく産業廃棄物ではないか?という疑いがある(清水他,1996,日本岩石鉱物鉱床学会・日本鉱物学会・資源地質学会秋季連合学術講演会講演要旨集,154)。

一覧へ戻る


IMA No./year: 1996
IMA Status: –
状況: データは新種の可能性を強く示唆するも未承認

フッ素ソーダローメ石 / Fluornatroroméite

(Na,Ca)2Sb2(O,OH)6F

模式地:福島県 いわき市 御斎所鉱山

ローメ石_御在所2
ローメ石_御在所

Matsubara et al. (1996, Mineralogical Journal, 18, 155-160)で記載されたローメ石は新しいパイロクロア命名規約に従うと新鉱物に相当するというもの。松原さん自身がそれを話して回ってはいるが、オフィシャルリストにフッ素ソーダローメ石は登録されていない。IMAに対して改めて新鉱物申請書を提出する必要があるのかも知れない。
写真の標本は御斎所のいわゆるローメ石とされる標本になる。見た目で黒っぽい結晶(写真上)と透明感のあるブラウン色の結晶(写真下)がある。

一覧へ戻る


No. 11
IMA No./year: 1999-004a
IMA Status: A (approved)
状況: 領土問題

レニウム鉱 / Rheniite

ReS2

模式地:Kudriavy volcano (Kudryavyi), Iturup Island, Kuril Islands, Sakhalinskaya Oblast’, Far-Eastern Region, Russia

原著:Znamensky V.S., Korzhinsky M.A., Steinberg G.S., Tkachenko S.I., Yakushev A.I., Laputina I.P., Bryzgalov I.A., Samotoin N.D., Magazina L.O., Kuzmina O.V., Organova N.I., Rassulov V.A., Chaplygin I.V. (2005) Rheniite, ReS2, the natural rhenium disulfide from fumaroles of Kudryavy volcano, lturup Isl., Kurily Islands, Zapiski Rossiiskogo Mineralogicheskogo Obshchetstva 134, 32-40.
ただし最初の発見は1994年:Korzhinsky M.A., Tkachenko S.I., Shmulovich K.I., Taran Y.A., Steinberg G.S. (1994) Discovery of a pure rhenium mineral at Kudriavy volcano. Nature, 369, 51-52.

Rheniite1
Rheniite2
模式地標本 IMAにはロシア産として登録されている。日本で言うところの択捉島の茂世路岳。

一覧へ戻る


IMA No./year: 2000-025
IMA Status: A (approved)
状況: 原著に日本産の記載が無い。

ストロンチウムトムソン沸石 / Thomsonite-Sr

NaSr2Al5Si5O20·6-7H2O

原著:Pekov I.V., Lovskaya E.V., Turchkova A.G., Chukanov N.V., Zadov A.E., Rastsvetaeva R.K., Kononkova N.N. (2001) Thomsonite-Sr (Sr,Ca)2Na[Al2Si5O20]·6–7H2O, a new zeolite mineral from Khibiny Massif (Kola Peninsula) and thomsonite-Ca—thomsonite-Sr an isomorphous series. Zapiski Vserossijskogo Mineralogicheskogo Obshchestva, 130, 46-55.

模式地:オフィシャルリストでは「Japan」だが原著にその記載は無い。

Thomsonite-Sr
Rasvumchorr Mt, Khibiny Massif, Kola Peninsula, Murmanskaja Oblast’, Northern Region, Russia

原著では産地がRasvumchorr Mt, Khibiny Massif (Kola Peninsula), Russiaとなっており、写真の標本はその産地のモノ。オフィシャルリストでは模式地が「Japan」になっており、これはもしかしたら宮島ら(1999, 日本鉱物学会1999年年会講演, p93)の報告がもとになっているのかもしれない。日本では糸魚川・青海地域産ヒスイから見いだされている。

一覧へ戻る


IMA No./year: 2003-011
IMA Status: A (approved)
状況: 領土問題

クドリャブ鉱/ Kudriavite

(Cd,Pb)Bi2S4

模式地:Kudriavy volcano (Kudryavyi), Iturup Island, Kuril Islands, Sakhalinskaya Oblast’, Far-Eastern Region, Russia

原著:Chaplygin I.V., Mozgova N.N., Magazina L.O., Kuznetsova O.Y., Safonov Y.G., Bryzgalov I.A., Makovicky E., Balić-Žunić T. (2005) Kudriavite, (Cd,Pb)Bi2S4, a new mineral species from Kudriavy volcano, Iturup Island, Kurile arc, Russia, The Canadian Mineralogist, 43, 695-701.

Kudriavite_1
模式地標本 IMAではロシア産として登録されている。日本で言うところの択捉島の茂世路岳。分離結晶の標本。

Kudriavite_2
Kamchatka半島Mutnovsky火山 

一覧へ戻る


IMA No./year: 2003-042
IMA Status: A (approved)
状況: 領土問題

アブラモフ鉱 / Abramovite

Pb2SnInBiS7

模式地:Kudriavy volcano (Kudryavyi), Iturup Island, Kuril Islands, Sakhalinskaya Oblast’, Far-Eastern Region, Russia

原著:Yudovakaya M.A., Trybkin N.V., Koporulina E.V., Belakovsky D.I., Mokhov A.V., Kuznetsova M.V., Golovanova T.I. (2007) Abramovite, Pb2SnInBiS7 – the new mineral from fumaroles of Kudryavy Volcano (Kurily Islands), Zapiski Rossiiskogo Mineralogicheskogo Obshchetstva, 136, 45-51.

Abramovite
模式地標本 IMAではロシア産として登録されている。日本で言うところの択捉島の茂世路岳。分離結晶の標本。

一覧へ戻る


IMA No./year: 2006-016
IMA Status: A (approved)
状況: 領土問題

カドモインド鉱 / Cadmoindite

CdIn2S4

模式地:Kudriavy volcano (Kudryavyi), Iturup Island, Kuril Islands, Sakhalinskaya Oblast’, Far-Eastern Region, Russia

原著:Chaplygin I.V., Mozgova N.N., Bryzgalov I.A., Mokhov A.V. (2004) Cadmoindite, CdIn2S4, a new mineral from Kudriavy volcano, Iturup isle, Kurily islands, Zapiski Vserossijskogo Mineralogicheskogo Obshchestva, 133, 21-27.

Cadmoindite
模式地標本 ブラウン色八面体が本鉱、黄色六角板状はウルツ鉱、黒は本鉱と黄鉄鉱の混じりもの。IMAではロシア産として登録されている。日本で言うところの択捉島の茂世路岳。

一覧へ戻る


IMA No./year: 2014-026
IMA Status: A (approved)
状況: 領土問題

ジナメンスキー鉱 / Znamenskyite

Pb4In2Bi4S13

模式地:Kudriavy volcano (Kudryavyi), Iturup Island, Kuril Islands, Sakhalinskaya Oblast’, Far-Eastern Region, Russia

the early publication::Chaplygin, I.V., Mozgova, N.N., Bryzgalov, I.A. Belakovsky, D.I., Pervukhina, N.V., Borisov, S.V. and Magarill, S.A. (2014) Znamenskyite, IMA 2014-026, Mineralogical Magazine, 78, 797-804.

znamenskyite2
模式地標本 レニウム鉱を筆頭で記載したZnamensky V.S.に因む。IMAではロシア産として登録されている。日本で言うところの択捉島の茂世路岳。

一覧へ戻る


謝辞

以下の方々から貴重な標本を恵与して頂きました。

この場を借りて御礼申し上げます。ご協力ありがとうございました。

(敬称略) 足立富男、石橋隆、今井裕之、稲葉幸郎、大西政之、Anatoly Kasatkin、小林寿宣、Roy Kristiansen、 久野武、豊遙秋、松林康仁、三浦裕之、三輪俊一、皆川鉄雄、永嶌真理子、西久保勝己、西田勝一、田邊満雄、田中崇裕、福本辰己、山田滋夫、鈴木保光

一覧へ戻る


 Posted by at 12:46 PM

Sorry, the comment form is closed at this time.