豊石

 

No. IMA2014-054 

豊石 / Bunnoite

Mn2+6AlSi6O18(OH)3

Triclinic

New structure type

高知県いの町

Nishio-Hamane D., Momma K., Miyawaki R., Minakawa T. (2016) Bunnoite, a new hydrous manganese aluminosilicate from Kamo Mountain, Kochi prefecture, Japan. Mineralogy and Petrology, 110, 917-926.

Bunnoite1
Fig.1.豊石を含む鉄マン鉱石。右側のやや緑がかった部分と,左側の上下に走る石英脈に伴われる緑がかった部分が本鉱。標本の左右10センチ。

Bunnoite2
Fig.2.Fig.1の右側を拡大。暗緑色の葉片状結晶の集合。

Bunnoite3
Fig.3.Fig.1の左側を拡大。上下に走る石英脈に豊石(暗緑色)は伴われる。

Bunnoite4
Fig.4.写真全体がほぼ豊石からなっている。基本は深い暗緑色で,結晶がすこし浮いたところではやや黄色味を帯びて見える。

Bunnoite5
Fig.5.これも全体がほぼ豊石でやや粗粒結晶。結晶が粗粒になるとむしろ褐色を帯びる。松脂光沢が艶めかしい。

Bunnoite6
Fig.6.結晶が少し浮くと黄緑色。

 高知県からの新鉱物,「豊石/Bunnoiteになる。玉露の茶葉をぎゅっと固めたような標本。渋いと言ってほしい。豊石はシンプルな構成元素でありながらも新規の化学組成&結晶構造だった。鉱物は化学組成と結晶構造で定義されていて,そのどちらか,もしくは両方が新規なら新種(新鉱物)となる。これまでに自分が筆頭で記載してきた新鉱物は,化学組成が新規で結晶構造は既に分かっている(推定できる)というものばかりだった。私が関わった新鉱物は豊石を含めて合計16種,そのうち筆頭を務めたものでは10種目となるのだが,ここにきてようやく,私にとっては初めての新鉱物となったとも言える。

 名前のことから書いていこう。本鉱は和名が「豊石」,学名が「bunnoite」である。「豊」と書いて「ぶんの」と発音する。なので「豊石」は「ぶんのせき」と読む。九州の豊前市とか豊後高田市のように「豊」を「ぶ(ん)」と発音するのに似ている。ただ本鉱は高知県産。それに地名ではなく人名に由来しており,豊遙秋(ぶんのみちあき)(1942-)の名前に因む。「豊(ぶんの)」名字はすごく珍しいと思うのでそのルーツを本人に聞いてみたところ,江戸時代より前は「豊原(とよはら)」が正式名称で,それを「豊(ぶん)」と略して名乗っていたと聞いている。そして,「平将門(たいらのまさかど)」を読むときの「たいらの」の「の」と同じような感じで,「ぶんの」と発音していたせいもあって,明治維新でいざ名字をつくろうとなったときに「豊(ぶんの)」になったようだ。それでこの家は代々「笙(しょう)」を家業としてきたとのことで,ご自宅におじゃましたときにぶ厚い家系図を見せていただいたことがある。webにはその家系図をまとめているサイトがあったりもする(http://houteki.web.fc2.com/toyohara.html)。家系図がネット検索で出てくる人物はそうはいないだろう。本人もおっしゃていたが名前の「秋」も通字である。伝統がありすぎる・・

 豊先生は家業とはまったく異なる鉱物の道に入った。産総研(旧:地質調査所)地質標本館の館長を務め(2003年退官),これまでに6種の新鉱物の発見に貢献してきている。とは言え,自分で論文をゴリゴリ書くタイプではなく,仕事に定評のあるタイプの研究者である。その定評のある仕事というのはキュラトリアルワークと言って,一部だけを抜き出して簡単に言うと標本の収集・整理である。ほら,愛石家の皆さんにおなじみの採集&ラベル作りですよ。研究機関においては標本入手の手腕というのは大事なことではあるが,もっと大切なのはラベルのほう。例えば標本を手に入れたとしてラベル(情報)を残さなかったらどうなるか?個人蔵なら耳が痛い話ですむし,まあそれは気が向いたときにやれば良いだろう。ところが研究機関でそんな怠慢をやってしまうと研究標本としての価値は消失しゴミと化す。そうしないためには情報を即座にラベルに記し,データベース化してわかりやすいように分類・登録することが大切である。さらには必要なときに取り出せるように管理することも大事で,研究機関はそのように標本を取り扱う義務がある。なにを当たり前のことをと思うかもしれないが,こういう体制を整えるにはセンスが必要で,体制が整ってないところは実は結構ある。豊先生はそうした体制を確立してその経験を元に様々なところで指導をしてきた。ただ,論文のように広く公表される内容ではない。それでも豊先生が長年キュレーターとして活躍してきたことは業界人には周知の事実で,その業績から新鉱物の名前となるにふさわしいと思ってお願いしたのです。

 そんなこんなで新鉱物のデータが形になって,豊さんの名前をいただきましょうという段になった。存命の方の名前を新鉱物に採用するには本人の承認が必要なのだ。さあ誰に伝えてもらうのが良いかなと考えて,豊さん自身が畏友と称している皆川先生からが良いだろうと皆川先生にその大役をお願いしたのだが,今思えばそれが失敗でした。あろうことか2014年4月1日のエイプリルフールに伝えやがった。研究者ならまず間違いなく注目するあの日。そう,理研が例の記者会見を開くその日でございます。よりにもよってそんな日に「新鉱物は,ありま~す」ってメッセージを受け取ったほうの動揺はいかばかりであっただろうか。しばらくして皆川さんは「OKだってよ」とのたまったが,豊さんから後日に「本気でエイプリルフールの冗談かと思った」と聞かされてゴメンナサイした次第であります・・・。もちろん悪意はありません。でもゴメンナサイしながらも,「やっぱり冗談でした」が承認されなかったときの言い訳に使えるなとひそかに思ってた。幸いなことにその言い訳を使う機会は訪れず,無事に承認通知が来ましたよ。通知確認!よかった

 高知県いの町,JR線より北側の山地の地質は変成度の低い緑色岩でそれが東西に数キロほど分布している。この緑色岩中に鉄マン鉱床が伴われ,地質調査所四国出張所の古い資料からはこのあたりに「加田」,「南田」,「伊野」という名前の鉱山(もしくは鉱床)があったことが伺える。ただそれ以上の情報はなく,実際に現地を歩いて調査を行った。現地にはぽっかり空いた坑道が方々に残っており,試掘しただけなのかもしれないが小規模な露天掘り跡もちらほら散見される。ただし全体的にズリは非常に薄くて一見それとはわからない。谷筋まで出ている鉱石も少ない。かつて加藤らはこの地域からハウィー石や種山石を報告しており(Kato et al., 1984, Proc. Japan Acad., 60, 65-68),豊石が見つかった場所も領域的にはだいたい同じ。でも具体的な場所はハウィー石や種山石を産した鉱床とは異なるのだろう。それというのも調べた範囲で豊石が来ている鉱石にハウィー石や種山石が来ることはなかった。逆はどうだろう。ハウィー石・種山石がメインの鉱石はこのときの調査ではむしろ見つからなかったので確定的なことは言えないが,化学組成がそれなりに違うので共生は無いと予想している。たぶん生成のステージが違っており,一つの鉱石中で共存が見つかるとしても脈でぶった切っているケースだろう。

 さて,鉱石はいわゆる鉄マンと称されるもので,基本的に真っ黒。主には細粒の赤鉄鉱とスティルプノメレンからなり,肉眼では判別不能だがごく少量のバラ輝石が含まれている。鉱石の所々には石英の脈やレンズが見え,その中にはまれに紅簾石が含まれている。それでもこの鉱石中のマンガン成分は相当少ないように思える。通常マンガンが多い鉱石の表面は真っ黒に汚染されていることが多いが,ここのはむしろ鉄さびの褐色に汚れていることが多い。そんな鉱石を割ると中は真っ黒で,ときおり暗緑色の葉片状結晶がへばりついている。それが豊石である。ところが暗い場所で観察した場合や水で濡れていたりするとさっぱりわからないので,現地での判別には相当の注意力を要する。また,豊石は細かい結晶が密な集合を作る場合だと玉露の茶葉のような深緑になるが,粗粒結晶になると褐色を帯びてくる。いずれにしてもリッチな標本は背景の黒と混じり,ぱっと見てそれと判別するのがくそ難しい。逆に貧弱なものや結晶がすこし浮いたところは黄緑色を帯びるので,それがひとまずの目安になる。石英脈に伴われることがほとんどだが,たまに鉱石中に豊石だけのレンズになっているようだ。そのレンズがうまく割れると1-3センチの範囲が全て豊石ということもあり,これくらいになるとルーペはいらない。豊石はハウィー石や種山石と共存することはないと思っているが,いずれの鉱物も葉片状結晶が集合するため,全部並べてさあどれが豊石かと言われると判別は難しいかもしれない。ただこの地域のハウィー石なり種山石は鉄を多く含み(Kato et al., 1984),それ故に見た目はかなり黒いと推測されるので,葉片状の鉱物を見つけて判断に迷ったときはきっと緑色が鑑定の助けになると思う。

 実は豊石はすでに報告がある。鉱物学会2000年年会で報告されたアカトレ石/akatoreiteが結果的には豊石だったそうとう前に発表されているのですでに標本を持っている人もいるかもしれない。そういう方は遠慮無くラベルを書き換えてください。このアカトレ石に疑いを持ち,まじめに調べ直すきっかけは写真だったように思う。実は数年前から標本の写真撮影(主にはマクロ撮影)を始めており,とりあえずは自分の標本から撮影をしているのだが,今に至る過程で大苦戦するものがいくつかある。その中には昔に皆川さんからもらったアカトレ石も含まれていた。今回掲載した写真は最近に撮影したものなのでだいぶ改善してはいるが,本物よりはやっぱりまだちょっとコントラストが低いように思う。それでも豊石(当時はアカトレ石と思っていた)の写真を撮り始めた当初よりはだいぶマシにはなっている。写真写りが非常にむずかしいのでほかの産地のはどうなってんのかな?と比較しようとWebで調べたところ,なんだか見た目や色が全く異なる。別ものを渡されたか?と手持ちの試料を組成分析してみると講演要旨と同じ値になるのでやっぱりアカトレ石か。でも良く検討するとこの元素比はアカトレ石とはすこしズレてるぞ。それではと粉末X線回折実験もやってみたら,対称性が低いせいでやたらめったらピークが出てくる。それらはアカトレ石に当てはまらなくもないが,インデックスしていくとなんだかムリがでて誤差も大きくなる。むむむ?ってことで門馬君に協力してもらってよく検討したら新鉱物でした。それも新規の化学組成&結晶構造というおまけ付きだったのです。それで,結局,実は,アカトレ石は皆無でした。まあこういう新鉱物(再)発見物語もあるってことです。

承認通知をもらった日,豊先生は奥様同伴で皆川先生と鉱物談義に花を咲かせていたらしい。その日は図らずも中秋の名月で愛媛は晴れだったようだ。きっと一献傾けていたことでしょう。おめでとう,豊先生。

<追記>
アカトレ石を手に入れたので掲載しておく。分析すると豊石とよく似たデータを示しそれだけを見ると間違えやすいのだが,モノの見た目は全く異なる。ただ皆川が発表した当時はアカトレ石の写真はまだ世に広まっていなかったので,見た目を疑うことは困難であっただろう。それでは以下がアカトレ石の写真となる。


アカトレ石 ニュージーランド産(模式地標本) 全体が本鉱だが電顕レベルではバラ輝石が混在している。アカトレ石自体は端成分組成に近い。


アカトレ石 イタリア産 オレンジ色部。 全体が本鉱でバラ輝石は無い。やはり端成分組成に近い。

 Posted by at 5:23 PM

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