平成13年度研究成果報告 
分子凝集体表面の動的振る舞い 
西嶋グループ@京大院理


  平成13年度は、超高真空中で金属基板上に結晶成長させた氷の表面ダイナミクスを解明するために主として高分解能電子エネルギー損失分光(HREELS)を用いて実験的研究を行ってきた。

1. HREELS装置の試作と結晶性氷表面の作成

 新たに高分解能HREELS装置を設置し、調整を行った。結晶性氷薄膜はPd(111)表面を基板温度128Kで気体状水分子に露出して作成した。実験に用いた結晶性氷薄膜の膜厚は10層程度であり、蒸着量は熱脱離分光法によって決定した。 

2. 並進振動領域における氷表面水分子による並進振動

 上記方法で作成した氷表面の分子間振動領域(30-300 cm-1)のHREELS測定を行い、束縛並進振動モードによるロスピークを観測した(Fig1(a))。これらのピークの中には、氷表面にさらに少量の水分子を低温(85K)で吸着させた場合に強度を失うピークがあることが確認され(Fig1(b)-(e)、95cm-1)、氷表面に由来するピークであると同定した。実験で得られたこの表面モードのエネルギー値は、計算により過去に報告されていた氷表面第一層中の水分子の表面垂直方向の振動エネルギーと一致し、氷表面光学フォノンモードであると結論づけた。氷表面の水分子は水素結合による配位数が内部(4配位)に比較して減少していることが予想され、従ってこのような表面局在モードが出現すると考えられる。この表面モードは基板温度85Kで吸着させた非晶質氷では認められなかった(Fig2(a))ことから結晶性氷表面特有のものである。

3. 氷表面上に飛来吸着した水分子の挙動

 結晶性氷表面上での水分子吸着を低温(85K)で行うと表面モードの消滅と同時に吸着水分子によるピークの成長が確認された (Fig1(b)-(e)、60cm-1)。この水分子吸着表面を再加熱(128K)すると水分子吸着前と同様の結晶性氷表面のスペクトルが再現する(Fig1(a))。再加熱により吸着水分子が表面拡散を起こし、より安定なバイレイヤー終端表面を再構成することを示唆している。

4. 氷表面における電子散乱機構

 並進振動領域では入射電子エネルギー値(Ep)を変化させることによりスペクトルに変化がみられた(Fig2(b)(c))。Epが低い条件(2.5eV)では表面モードは強度を得ているが、Epがより高い条件(5eV)では表面モードの強度が弱くなり、逆にバルク由来のピークが強度を得るという結果が得られた。このような振動散乱確率の、Epに対する依存性については、そのメカニズムについて現在考察中である。用いたEpの値の範囲(2-7eV)では電子は双極子散乱機構に従うことを確認した。HREELSは表面敏感なプローブであり、金属に対するHREELSでは基板電子による遮蔽効果により、通常はバルク由来のピークは測定できない。一方、氷薄膜に対してはバルクのモードが非常に強く観測されることから、このような遮蔽効果は効いておらず、HREELSの表面垂直双極子選択則が成立しないことが示唆される。

5. 氷表面における有機化合物の吸着

成層圏における様々な触媒化学反応の場として氷表面は重要な研究対象である。そこで我々はまず、アセトン分子の氷表面への吸着状態を調べた。85 Kでアセトンは表面に吸着していることが確認され、C-O変角(480cm-1)とC-C-C反対称伸縮(1240cm-1)の二つのアセトンの振動モードを観測した。


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