研究内容


 本特定領域研究において行う研究は次の通りである。それぞれのメンバーがこれまでに蓄積してきた世界的にも高く評価されている優れた研究手法を生かし、分子凝集体表面での化学現象の解明と新しい表面化学への展開を図る先端的な研究を進めていく。

川合グループ:水分子凝集体表面への分子吸着と反応

吉信グループ:2次元場に固定された配向分子の反応

楠グループ :分子凝集体表面におけるエネルギー移動

増田グループ:分子凝集体表面の電子状態

西嶋グループ:分子凝集体表面の動的振る舞い

 分子凝集体表面の反応をモデリングする立場から、川合のグループは水分子凝集体表面での分子の吸着・反応の研究を推進する。遷移金属の単結晶表面を基板とし、様々な結晶性や結晶サイズの水分子凝集体を形成し、その表面を水溶液表面や成層圏での氷・水滴表面のモデルとして供する。川合グループはこれまでの経験を生かし、これらモデル表面に吸着した分子の内部振動状態や、原子・分子レベルでの実空間での分布を赤外分光法に代表される振動分光法および走査プローブ顕微鏡により観察し、吸着、溶解などの反応挙動を解明する。水凝集体表面での吸着挙動の一つの鍵となるのは、表面の水酸基の役割である。水結晶の構造や結晶サイズにより表面に露出する水酸基の性質が異なるため、水凝集表面での化学反応の理解には、この表面水酸基を制御よく形成することが不可欠であり、この点も併せて推進する。

 基板として用いる固体表面に分子を人為的に固定し、配向を制御することができる。吉信のグループはこのようにして形成される、配向有機分子系表面を対象として、有機分子の低次元場における反応の探索、ハイブリッド系の構築を目的として研究を展開する。分子を配向させることにより、反応方向を空間的に制限することができるなど、原子スケールの反応論を構築する上で重要な知見が期待できる。また、ハイブリッド系の構築を通じ、新しい物性を示すマテリアル開発も意欲的に取り組む。吉信のグループでは実験研究者と理論研究者が密接に連携して,2次元場に固定された配向分子系の反応論を新たに構築し体系化することを目指している。

 水分子凝集体表面や配向有機分子系表面に特徴的な反応を本質的に理解しようとするとき、凝集体最外層と入射分子との間のエネルギー・運動量のやり取りや、最外層の電子状態を定量的に把握しておくことは不可欠である。楠のグループは、水分子が極めて規則正しく凝集した2次元バイレイヤーや配向が規定された有機分子系などに対し、入射エネルギー・入射方向のそろった分子(原子)線を照射し、散乱分子のエネルギー分布、角度分布などの詳細な測定から、分子凝集体表面におけるエネルギー(および運動量)移動を明らかにする。入射エネルギーを自在に変化させることにより、大気中や宇宙空間における分子運動を実験室でシミュレートすることができる。更に、配向分子系に、反応性分子を様々な角度から照射することによって反応の立体化学を直接観測することが可能となろう。増田のグループは、分子凝集体最外層の電子状態を選択的に測定できる準安定原子励起電子分光(MAES)を用いて、様々な分子凝集体表面の電子状態を解明していく。不活性分子の凝集体、溶媒分子の凝集体、分子伝導体などがターゲットとなる。更に、準安定原子が電子スピンに対して敏感であることを活かして、凝集系の磁気的秩序の形成を明らかにしたい。

 分子凝集体は無機固体(金属、半導体など)とは異なり、構成分子間の相互作用が弱いため集合体としての構造が柔軟であり、温度・ストレス・異分子などにより多様な存在形態をとることが予想される。西嶋のグループは、長年にわたり開発・発展させてきた高分解能電子エネルギー損失分光法(HREELS)を用いて、低エネルギー振動励起を観測することにより、分子凝集体のゆらぎや局所ポテンシャルの形状に関する定量的知見を得ようとしている。また,高速スキャンの走査型トンネル顕微鏡(STM)を開発・導入して、分子の拡散・集合・離散などの過程を原子レベルで明らかにする。HREELSの結果と合わせて、分子凝集体の動的振る舞いに関する詳細な情報が期待できる。分子凝集体の微視的成長プロセスの解明は、本特定研究全体の「横糸」となる重要なテーマである。分子凝集体表面での様々な化学現象を理解する上で、その本質となる現象を実験・理論の両側面からアプローチする必要があり、理論面は吉信グループの理論研究者(常行,赤木)が併せて担当する。

 以上のように、本特定領域研究「分子凝集体表面の化学」では、個々のグループが現在まで培ってきた国際的にもオリジナリティーの高い研究手法を結集して、環境化学・材料科学・宇宙化学とも関連の深い分子凝集体表面の化学反応を多角的に検討し、その基礎を築くことを目的とする。 


戻る