平成13年度研究成果報告 
「分子凝集体表面の電子状態」
(東大大学院・総合文化研究科)増田 茂、青木 優 


氷表面とハロメタンの相互作用について調べた。今までの準安定原子電子分光(MAES),紫外光電子分光(UPS)に加え,高分解電子エネルギー損失分光(HREELS)測定を行えるよう新しく超高真空電子分光装置を導入した。図に結晶氷に吸着したCHCl3分子のHe*(23S)によるMAESを示す。下から35 Kで単分子層吸着,それを120 Kまで昇温,さらに155 Kまで昇温したときのスペクトルである。図中の点線は氷の要素を除いた差スペクトルである。低温吸着時では,CHCl3分子のCl非結合性軌道,CCl結合性軌道由来のバンドが観測される(図中nCl及びσCCl)。この結果は,CHCl3は氷最表面上で分子状吸着することを示す。120 Kまで昇温すると,σCClバンドは弱くなり,H2O由来のバンド(図中1b2)は強くなり,最表面に存在するCHCl3の分子数が減少することが分かる。またin situで測定したUPSは昇温前後でほとんど変化せず,分子は脱離しない。これらの結果は氷表面に吸着したCHCl3が,加熱によって氷内部に拡散することを示す。また155 Kまで昇温すると,氷のみのバンドが観測され,CHCl3及びH2O分子が脱離することを示す。Schaff等による昇温脱離測定によると[1]CHCl3は130-150 Kで脱離し,我々の結果とよく対応する。このような分子の氷内部への溶解現象は親水性分子では報告されている[2]が,氷との相互作用が比較的弱い疎水性の系ではほとんど例がない。さらに溶解前のスペクトルが氷とCHCl3の和で構成されたに対し,溶解後は単純な和で再現しない。つまり氷の表面電子状態が変化する事もわかった。またHREELSより,水素結合していないOH伸縮振動(457 meV)が昇温後にスプリット(450と458 meV)する現象も確認され,表面振動状態も変化することが分かった。

[1] J. E. Schaff and J. T. Roberts, J. Phys. Chem. 100 (1996) 14151.

[2] H. Ogasawara, N. Horimoto, and M. Kawai, J. Chem. Phys. 112 (2000) 8229.

論文リスト

1. R. Suzuki, H. Taoka, M. Aoki, and S. Masuda, Local electronic state in the topmost surface layer probed by metastable atom electron spectroscopy: N2 adsorbed and condensed on Ni(111). Phys. Rev. B, 65 (2002) 035416.

2. H. Mutoh and S. Masuda, Spatial distribution of valence electrons in metallocenes studied by Penning ionization electron spectroscopy. J. Chem. Soc. Dalton Trans. (2002) 1875-1881.

3. Masaru Aoki, Yusuke Ohashi, and Shigeru Masuda, Interactions of CHCl3 molecules with a crystalline ice grown on Pt(111) studied by metastable atom electron spectroscopy. Submitted to Surf. Sci.


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