研究成果最終報告

「2次元場に固定された 配向分子の反応」

(東大物性研・東大院理)吉信  淳・山下良之・常行真司・赤木和人

1.研究 目的と成果の概要

 本研究は,良く規定された固体表面を2次元反応場とみなし, 分子との表面反応や吸着・凝集した分子の物性を,実験・理論グループが密に連絡を とりながら,原子スケールで解明することを目的とした.具体的には,大きく分けて 2つのプロジェクトを含む.一つは,シリコン(100)を表面反応の舞台として,環化 付加反応や酸塩基反応を試み,化学反応過程や吸着分子の物性を,価電子帯光電子分 光,内殻光電子分光,高分解能電子エネルギー損失分光(HREELS),走査トンネル顕 微鏡(STM)などの表面科学的実験手法と第一原理計算より調べた.二つめは,低温金 属表面に凝集させた水分子集合体の構造や反応について,赤外反射吸収分光(IRAS) で実験的に調べ,第一原理分子動力学計算により実験で得られた反応の素過程を研究 した. 

 以下に述べるように,実験グループと理論グループが同一の 系に対して研究を推進することにより,表面反応や分子凝集体中の反応について理解 を格段に進めることが出来た.

2.研究成果

2-1. Si(100)表面へ環化付加反応させた有機分子の反応と物性

研究代表者らが1987年に発見したSi(100)表面のシリコンダイマ ーへの環化付加反応(di-σ結合形成)を応用して,エチレン,ビニルブロマイド, シクロペンテン,シクロヘキセン,1,4-シクロヘキサジエンなどを表面に環化付加反 応させ,それらの吸着状態(電子構造,コンフォメーションなど)を,放射光を用い た光電子分光,HREELS, STMによる実験および第一原理計算を用いて詳細に調べた.

2-2. Si(100)表面の非対称ダイマーのルイス酸・塩基反応

2-3. Rh(111)表面における水の吸着と氷の成長

 25KのRh(111)表面における水分子の吸着過程と,アモルファ ス氷への成長,加熱による結晶性氷への変化を,赤外反射吸収分光(IRAS)で詳細に 調べた.単分子層以下では,水分子はRh(111)表面で,モノマーから小クラスターを 経由して水素結合ネットワークを形成し,その後はアモルファス氷が3次元的に形成 されることがわかった.アモルファス氷では水素結合ネットワークが不完全なため, 2配位水分子(水素結合が2箇所だけ)と3配位水分子が存在するが,加熱により2配位 の水分子はすぐに消失する(60K以下)ことが観測された.ガラス転移点 (~135K)以上にアニールする と結晶性氷へと変化し,3配位水分子は最表面のみに存在することを実証した.

2-4. 水分子凝集体とCOとの相互作用

 低温Rh(111)に凝集させた水分子の間にCO分子をサンドイッチ して,電子ビーム照射および加熱を行った.25Kで電子照射によりCOが酸化され CO2が生成することを見いだした.さらに,100K以上で電子照射すると, COの還元反応が起こり,ホルムアルデヒドやメタノールが安定な化学種としてIRASに より同定された.これらの反応機構を調べるために第一原理分子動力学計算を行い, 反応中間体や分子運動の熱励起についての知見を得た.すなわち,水素結合ネットワ ークが安定して水分子の回転抑制がかかった低温においても,疎水性分子である CO やその反応中間体は水分子のケージの中で回転することができ、適当な配向になった ところでプロトンなどの供給を受けて反応が進み得る様子が見えてきた.これらの結 果は,極限環境(宇宙など)における化学進化と関連し非常に興味深い.