研究成果最終報告

「分子凝集体表面の動的 振る舞い」

(京大院理)西嶋光昭・奥山  弘

1.研究 目的と成果の概要

本研究では電子エネルギー損失分 光法(EELS)を用いて、氷表面の振動状態を全振動エネ ルギー領域で調べ、表面光学フォノンのソフト化を観測した。また氷表面への分子吸 着のプロトタイプとして水分子の吸着状態について調べ、氷の成長過程における中間 種を観測した。さらに電子と氷の相互作用について調べ、表面とバルクにおける散乱 機構の違いについて考察した。

2.研究 成果

2-1. 氷表面振動モードの観測

結晶性氷薄膜はPd(111)表面を基板温度 128Kで気体状水分子に露出して作成した。実験に用いた 結晶性氷薄膜の膜厚は10層程度であり、蒸着量は熱脱離 分光法によって決定した。上記方法で作成した氷表面の全振動領域(30-3000 cm-1)EELS測定を行 い、束縛並進振動モードによるロスピークを観測した(Fig.1a)。これらのピークの中には、氷表面にさらに少量の水分子を低温 (85 K)で吸着させた場合に強度を失うピークがあること が確認され(Fig.1b-1eT2) 面に由来するピークであると同定した。実験で得られたこの表面モー ドのエネルギー値は、計算により過去に報告されていた氷表面第一層中の水分子の振 動エネルギーと一致し、氷表面光学フォノンモードであると結論づけた。氷表面の水 分子は水素結合による配位数が内部(4配位 )に比較して減少していることが予想され、従ってこの ようなソフトな表面局在モードが出現すると考えられる。 また束縛回転領域においても同様の実験から470, 665, 825 cm-1に表面固有の振動モードを観測した。分子内振 動(O-H伸縮)については赤外吸収法による振動モード の研究が進められてきたが、EELSによって新たな情報が 得られた。

 

2-2. 氷表面上に吸着した水分子

結晶性氷表面上での水分子吸着を85Kで行うと表面モードの消滅と同時に吸着水分子によるピークの成長が 確認された (Fig.1b-1eTad) Fig.2は水分子の吸着状態を示しており、本研究ではプロトン が真空側に向いた状態が優勢であることがわかった。この水分子吸着表面を再加熱 (128K)すると水分子吸着前と同様の結晶性氷表面のスペ クトルが再現する (Fig. 1a)。再加熱により吸着水分子 が表面拡散を起こし、より安定なバイレイヤー終端表面を再構成することを示唆して いる。Fig.2の吸着水分子は氷成長過程における準安定 中間種であることがわかった。

 

2-3. 氷の電子散乱機構

電子の入射電子エネルギー値(Ep)を変化させることにより振動強度が変化する。これは入射電子が氷の 空バンドに共鳴することによる。Fig.3はバルクと表面 に由来する振動モードをEpに対してプロットしたもので ある。表面モード(T2)Epとともに単調に減少する。これは長距離の双極子散乱機構が優勢であ ることを示す。一方、バルクモード(T5)は 氷のバンド構造を反映して、7 eV付近で最大値を取る (共鳴散乱)。すなわち、表面とバルクで電子の散乱機構が異なることがわかった。