研究成果最終報告

「水凝集体表面への分子 吸着と反応」

(理研)川合真紀・加藤浩之

1.研究目的と成果の概要

当研究では、自然界で起こる多くの反応が水分子が作る反応場 で起こっていることに着目し、金属表面に形成した氷の膜を水凝集体のモデルとし て、分子の吸着、溶解、反応の各過程を分子スケールで理解することを目的とした。 氷表面での分子吸着状態とそれらの分子が氷内部へ取り込まれて行く過程の研究から は、親水性分子・疎水性分子の違いで過程が全く異なること、また、氷表面上のフロ ン分子の吸着状態および光誘起反応性の研究では、構成ハロゲン原子の種類により差 異のあることを見出した。

くわえて、水に特有な物性の多くが分子間の水素結合ネットワ ークに起因していることに着目し、水分子の反応における水素結合ネットワークの役 割を解明することを目的として、表面における水分子の反応過程の研究を行った。実 験から、水素結合ネットワークの形成が、水分子の反応促進効果を与えていることが 見出された。

さらに、水分子間の相互作用だけではなく、有機分子の分子間相互作用と反応性 についても探索的に研究を行った。なかでも、金属触媒表面(Pd表面)における不飽 和炭化水素の水素化反応では、吸着反応分子が高密度になることで始めて反応分子自 身が活性層を作り出すという現象を見出すことが出来た。この現象は、今後、実触媒 の反応過程を議論する上で、重要な要素になるものと考えられる。

2.研究成果

2−1.親水性分子・疎水性分子の水溶過

親水性分子であるアンモニア分子の溶解過程では、氷表面のダングリングOH基に 配位吸着した表面束縛状態を介して内部へ取り込まれる。これに対し、疎水性分子で あるメタン分子の安定サイトは、水分子間の水素結合が不完全な部位(孔:pore)で あって、そこから氷薄膜へ取り込まれる(内包される)ことを実験的に見出した(図 1)。この孔は、氷薄膜中に少なくとも2種類存在し、温度上昇に伴って、段階的に 消失(閉殻化)することが分かった。すなわち、疎水性分子が氷表面に取り込まれる 過程では、氷表面のモフォロジー変化が重要な要因となっていることを突きとめるこ とが出来た。

図1.水凝集体表面におけるアンモニア分子の吸着と溶解、および、 メタン分子の吸着と内包。

 

2−2.フロン系分子の吸着状態と光誘起反応

氷表面上のフロン分子の吸着状態および反応性に関し実験を行 った。ハロゲン原子がフッ素のみのフロン分子では、氷表面のダングリングOH基との 相互作用が弱く、光照射による解離反応も不明瞭であった。これに対し、塩素を含む フロン分子では、ダングリングOH基との相互作用が強く、光解離反応も顕著であるこ とを見出した(図2)。

図2.トリクロロフルオロメタンの吸着と光反応。

 

2−3.水分子の反応における水素結合ネットワークの役割

水に特有な物性の多くが分子間の水素結合ネットワークに起因 している。実際に、走査プローブ顕微鏡を用いた実験から、水分子は、凝集すること によって、水分子自身の反応性を高めていることを見出した。すなわち、水分子間に できる水素結合が、反応促進に寄与しているものと考えられる。実験では、真空中に 置いた清浄SrTiO3(001)表面を、異なる分圧の気相水分子に露出し、表面 での反応性の違いを測定した。これによれば、表面に水が凝集する分圧を境に、水分子の反応性が著しく変化した。、要因としては、水分子間にある水素結合が分子内の 酸素—水素間の化学結合を弱める働きをすることに加え、水分子解離片 H+, OH- の水中での高い移動度が、反応を促しているものと 考えられる(図3)。また、Si(001)表面における水分子の反応においても、同様な 凝集による反応促進効果を確認し、理論グループの協力のもと、理論計算との比較か ら定量的な議論へ発展させている。この反応促進現象は、実験で用いた気相/固相間 の不均一系反応に限らず、水凝集体の反応における本質的な要素の一つであると考え られる。

図3.水素結合ネットワークによる水分子解離反応の促進機構。

 

2−3.不飽和炭化水素分子の水素化表面反応における自己反 応活性化層の形成

パラジウム金属は、不飽和炭化水素の部分水素化触媒として知 られている。この表面において、ブタジエン(C4H6)分子 は、完全に水素化されたブタン(C4H10)分子となること無 く、選択的にブテン(C4H8)分子へ変換される。触媒作用を 得る条件として、反応種であるブタジエン分子がパラジウム表面で高密度の吸着層を 形成して、始めて触媒活性が発現していたことを突きとめた。これは、清浄パラジウ ム表面と生成分子であるブテンとの結合が強すぎるのに対し、ブタジエンが高密度に 吸着した層では、ブテンと基板との結合が弱まり、水素化反応の直後に、生成物が脱 離するためであった。これまで、反応分子自身が活性層を作り出すという現象の報告 例は無く、今後、実触媒の反応過程を議論する上で、重要な要素になるものと考えら れる。