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[物性研ニュース]
燃料電池触媒の性能低下原因を解明

2017年5月8日

【本成果のポイント】

  • 固体高分子形燃料電池の白金ナノ粒子正極触媒上で、酸素が水と共存することにより酸化が促進され、燃料電池の性能低下に繋がることを解明
  • 燃料電池の高性能化とコスト低減につながることが期待される

【概要】

(大)東京大学物性研究所の尾嶋正治特任研究員、原田慈久准教授、崔藝涛(サイ イータオ)特任研究員のグループは、トヨタ自動車(株)、(株)豊田中央研究所、(国)量子科学技術研究開発機構と共同で、固体高分子形燃料電池の白金ナノ粒子正極触媒上で、酸素が水と共存することによって酸化が促進され、燃料電池の性能低下に繋がることを実験的に初めて明らかにしました。これは大型放射光施設SPring-8*1(スプリング8、兵庫県佐用町)のビームラインBL11XUにおいて高分解能型の蛍光X線吸収分光法*2を用いて白金ナノ粒子正極触媒の酸化状態を詳細に解析した結果得られたものです。また、白金よりも触媒特性に優れる白金コバルト合金ナノ粒子で同様に実験したところ、水による酸化の促進はほとんど起こらないことがわかりました。

これらメカニズム解析の結果から、従来から検討されてきた合金化による白金使用量の低減に加え、白金触媒表面の水を排除する手法の開発などの新たな手法により、燃料電池の高性能化とコスト低減が期待されます。

本成果は英科学誌サイエンティフィック・リポーツ2017年5月3日付けオンライン版に掲載されました。

論文情報
掲載誌:サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports
論文タイトル:” Wetting Induced Oxidation of Pt-based Nano Catalysts Revealed by In Situ High Energy Resolution X-ray Absorption Spectroscopy”
DOI:10.1038/s41598-017-00639-1
著者:Yi-Tao Cui, Yoshihisa Harada, Hideharu Niwa, Tatsuya Hatanaka, Naoki Nakamura, Masaki Ando, Toshihiko Yoshida, Kenji Ishii, Daiju Matsumura, Hiroshi Oji, Hironori Ofuchi, Masaharu Oshima



【研究の背景】

固体高分子形燃料電池(図1)は高効率でCO2排出量の少ない次世代クリーンエネルギーとして開発が進められており、既に家庭用コジェネレーションシステム、自動車用、携帯機器用などで利用が実現し始めています。さらに広く普及させるためには、コスト削減、耐久性向上など、解決しなければならない課題が山積しています。

固体高分子形燃料電池の正極にはカーボンに白金ナノ粒子を分散させた触媒が使用されており、コスト低減のために白金量を低減した白金合金触媒や全く白金を使用しない非白金触媒などの開発が精力的に進められています。一方、目標とされる純白金触媒であっても、加湿によって活性化過電圧*3が発生することが知られており、理論的にはそのメカニズムがいくつか提案されていましたが、実験的な検証は不十分なままでした。この加湿に伴う過電圧の原因を解明し、低減する技術を確立することが、燃料電池の性能向上とコスト低減に向けた喫緊の課題となっています。


【研究の成果】

本研究では、燃料電池正極に用いられる平均粒径2〜3ナノメートル(ナノは10億分の1)の白金ナノ粒子触媒を1気圧の実環境下で酸素や水と反応させながら詳細にその酸化状態を解析しました。従来、白金の酸化状態の分析には透過法または蛍光法によるX線吸収分光法が用いられてきましたが、今回は検出する蛍光のエネルギー幅を狭めた高分解能型の蛍光X線吸収分光法を採用しました。その結果、酸素が水と共存することにより、白金の酸化を促進することが明瞭に検出でき、実験的に初めて明らかにすることができました(図2)。本来、触媒である白金は反応前後で不変であるべきものですが、この反応では、白金上で酸素が水と共吸着することにより安定化して反応の進行を遅らせた結果、より過電圧が生じていると解釈できます。

また、白金よりも触媒特性に優れる平均粒径約3ナノメートルの白金コバルト合金ナノ粒子についても調べたところ、酸素と水の共吸着による酸化促進効果がほとんど起こらないことを見出しました(図3)。さらに、ナノ粒子触媒の粒子サイズの増大とともに、水の酸化促進効果が減衰することも見出しました。これまでの研究で、白金単結晶(111)モデル表面を用いた第一原理計算*4において、酸素と水の共吸着によって白金触媒の酸化が促進される、という予測がありました。本研究はこれを実験的に証明したことになります。


【今後の展開】

触媒性能や耐久性、コスト低減等の山積する問題を解決していくことが新規燃料電池触媒の開発には不可欠であり、基礎的なプロセスに対する知識の蓄積が求められています。本研究で得られた知見をもとにして、従来から検討されてきた合金化による白金使用量の低減に加え、白金触媒表面の水を排除する手法の開発などの新たな手法により、さらなる燃料電池の高性能化が期待されます。


参考資料


図1 燃料電池セル中の物質移動、及び正極に使われる白金ナノ粒子触媒の表面において酸素が水と共吸着する様子の模式図。
図2 高分解能蛍光X線吸収分光法で明らかになった白金ナノ粒子における“水と酸素の共吸着による酸化促進効果”。スペクトルは還元状態の白金からの吸収変化量(酸化状態を反映)を表している。平均粒径約2.5ナノメートルの白金ナノ粒子では、酸素のみの吸着に対して酸素が水と共吸着することによって明瞭に酸化促進が見られるが、白金コバルト合金ナノ粒子では酸素が水と共吸着しても、酸素のみの場合とほとんど酸化状態が変わらないことがわかる。
図3 白金と白金コバルト合金における酸素吸着、水吸着、酸素+水共吸着の模式図。共吸着において、白金では水が酸素の吸着を促進するが、白金コバルト合金では促進効果が見られない。

付記

本研究は、(大)東京大学物性研究所(尾嶋正治 特任研究員(名誉教授)、原田慈久 准教授、崔藝涛 特任研究員、丹羽秀治 特任研究員)、トヨタ自動車(株)の共同研究において、(株)豊田中央研究所、(国)量子科学技術研究開発機構(石井賢司 上席研究員)、(国)日本原子力研究開発機構(松村大樹 副主任研究員)、(公財)高輝度光科学研究センター(陰地宏 専門技術職員、大渕博宣 専門技術職員)の協力のもと行われました。


研究プロジェクトについて

本研究は、トヨタ・東大共同研究プロジェクト「燃料電池電極反応の直接観察による反応場解析」の一環として行われました。本研究の一部は文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業による支援およびNEDOプロジェクトの成果を活用して実施しました。


【用語解説】

*1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理はJASRIが行っている。SPring-8の名前は Super Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、高い指向性と連続的な波長を持つ強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーから産業利用まで幅広い研究が行われている。

*2 蛍光X線吸収分光法
放射光を用いて、特定の元素の内殻電子を叩きだすエネルギーのX線を物質に照射すると、元素のまわりの環境を反映したX線吸収スペクトルが得られる。光を透過させてその減衰量から物質の吸収を見る直接的な方法の他に、吸収後の蛍光過程を利用して、その蛍光量から吸収量を見積もる方法がある。今回用いた高分解能型の蛍光X線吸収分光法では、X線で電子を叩きだした深い内殻準位に浅い内殻準位から電子が遷移する際に放出される蛍光X線を選別し、さらにエネルギー幅の狭いフィルターを用いて特定波長のX線を切り出して検出することにより、内殻の寿命に制限されない高分解能なX線吸収スペクトルを得ることが可能である。

*3 活性化過電圧
電気化学反応の理論的に求められる電位と、実際に反応が進行させるために余分にかけなければならない電極の電位との差のことを過電圧と呼ぶ。過電圧には化学反応に必要なエネルギー(活性化エネルギー)の存在による反応の遅れに起因する活性化過電圧の他に、反応物質の移動速度によって制限される濃度過電圧、電流が流れる際の抵抗に起因する抵抗過電圧があり、いずれもセル電圧の低下をまねく。


*4 第一原理計算
経験的パラメータやモデル化を用いず、基礎物理定数から物質表面及び内部、ガス吸着、反応等状態の電子状態を数値計算し、さまざまな物理的・化学的性質を研究する手法。



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